書字障害(ディスグラフィア)のある子どもへの指導事例から学ぶ

発達障害

はじめに
 作文や読書感想文を避けようとしたり、そもそも「文字を書かない、書きたがらない」子どもがいます。このような子どもに対して、実は誤った接し方をしてしまい、負の感情を助長しているケースがあるようです。

ここでは、学齢期における書字障害(ディスグラフィア)の子どもの指導事例とその効果を見ながら、文字を書きたがらない子どもの本当の気持ちや、接し方のポイントなどを中心にまとめています。



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1. 文字を書かない原因を分解する
(1) 「よく見られる声がけ」の例

文字を書かない、あるいはなかなか覚えられない子どもに対して、以下のように声をかけるケースは、一般的によく見られるものではないでしょうか?

① ひらがなや漢字をなかなか覚えることができない子どもに対する声がけ例

「漢字をノートに何回も書いて覚えなさい」

② 授業中ノートを取らない子どもに対する声がけ例

「きちんとノートをとりなさい」

③ 読書感想文を書けない子どもに対する声がけ例

「読書感想文をさっさと書き上げてしまいなさい」

ただ、このような声がけによって、「非常に苦しむ子どもがいる」という事実があります。

(2) 「文字を書かない」背後にある原因を分解して考える

「図-文字を書かない背後にある原因」
文字を書かない背後にある原因

上記の3つの事例で共通するのは、「文字を書かない」ということです。ただ、「文字を書かない」ということを、その背後にあるものまでさかのぼって考えてみると、複数の原因に分解できることに気がつきます。

① そもそも書く意欲がない、
② 書くことがない
③ 書くことはあるが、まとめることができない
④ 書くこともまとめたいこともあるのだが、物理的に書くことができない

 「そもそも意欲がない」という子どもに対してなど、時と場によっては、先に見た声がけをすることが必要な場合もあるでしょう。一方で、たとえば身体に障害があり、物理的に文字を書くことができない方に対しては、「文字を書け」というような声がけはせず、何らかの代替え手段を提案する、というのが一般的なのではないでしょうか?

 だとすれば、「思っていること、考えていることを表現したい」という気持ちに働きかけ、「書きたい! 書く!」という気持ちにさせるような方法を考え実践することが、子どもたちのためになると言えるのではないでしょうか?

2. 書字障害(ディスグラフィア)
(1) 「文字を書く」ことにまつわる障害=書字障害(ディスグラフィア)

実は、「知的発達に遅れがないのに学習面で著しい困難を示す方」を意味する「学習障害」のある方が文科省の2012年の調査で4.5%程度いらっしゃることがわかっています。

この「学習障害」うち、「文字を書く」ということに関して困難を伴う障害を「書字障害(ディスグラフィア)」と言い、「書くことはあるのに、まとめられない」「書くことも、まとめたいこともあるのに、物理的に書けない」状況にあると考えられるのです。

つまり、身体の障害のように目に見えるものだけが、物理的に「書けない」原因ではないということです。このように分解してみていくと、一般的によく見られる、あるいは、一定程度の効果が認められている声がけや指導法というものが、いつでも、誰にでも有効であるとは言えないことがよくわかるのではないでしょうか。

(2) 書字障害(ディスグラフィア)とひと言で言っても、伴う困難はさまざま

「図-書字障害(ディスグラフィア)の症状」
書字障害(ディスグラフィア)の症状

さて、ひと言で書字障害といっても、その症状は一人ひとり、さまざまです。

たとえば、ある子どもは文字を書くことはできるが形や大きさがバラバラになってしまう、またある子どもは鏡文字になってしまう、さらにある子どもは漢字の部首は覚えられても他の部分が書けない、はたまた自分で文章を構成していくことが苦手であるなどです。

このような書字障害のある子どもの「書きたくない」は、「意欲がないために書きたくないというものではない場合が多いのではないか」と想像することができるでしょう。書字障害のある子どもは、実際、書かないといけないということはわかっているし、実際に表現したいことはあるのだけれど、「書けないから書きたくない、書かない」場合が多いのです。

(3) 書字障害のある子どもに「書きたくない、書けない」という気持ちにさせてしまう言葉

一方で、書字障害のある子どもに、「書きたくない、書かない」という気持ちにさせてしまう言葉があります。それが、実はそもそも書く意欲を見せない子どもへの「よく見られる声がけ」の例で挙げたような言葉なのです。

3. 中学生Gくんの事例

「図-書字障害のある方への指導事例 ~ 中学生Gくんの場合」
書字障害のある方への指導事例

 では、書字障害のある子どもの「思っていること、考えていることを表現したい」という気持ちに働きかけ、「書きたい! 書く!」という気持ちにさせる具体的な方法に、どのようなものがあるのでしょう? 以下では、筆者が携わった中学生Gくんの支援事例をご紹介します。

(1) 作文系の宿題を残してしまったGくん

Gくんの学校は進学校ということもあり、夏休みのような長期休暇になると、ここぞといわんばかりに大量の宿題が出されていました。Gくんとご両親は「休みのはずなのに、全く休めません。」と言っていました。その大量の宿題の中には読書感想文や意見作文が含まれており、Gくんは作文系の宿題を最後の最後まで残してしまっていたのです。

Gくんの両親からご相談を受けた筆者は、Gくんに「どうして作文が嫌なの?」と問いかけました。するとGくんは「本を読むのは好きで、書きたいことはもう頭の中で大体まとまっているんですけど、書くのはちょっと・・・」と答えました。

(2) Gくんが「書きたい」方法を探す

Gくんはパソコンが好きで、この分野に関してとても詳しい中学生でした。プログラミングもできるほどで、パソコンのタイピングもとても速いのです。筆者はGくんに「パソコンのワープロソフトを使ってなら、頭の中にあることを文章にできる?」と質問してみました。

するとGくんは、「やってみます」と、非常に前向きな返事をしてくれました。Gくんに、「自分の思っていること、考えたことを表現したい、表現しなければ」という意欲があることがはっきりとわかったのです。そこでまずは、パソコンを使って読書の感想を表現してみることにしました。

(3) eメールとワープロソフトを使ってやり取り開始

Gくんとのやり取りは、eメールにワープロソフトを使って表現した文書ファイルを添付してもらう形で行っていくことにしました。Gくんの頭の中にあることを文章にして送ってもらうと、そこには、

① 一番印象に残った場面
② 物語の中で気に入ったセリフ
③ 一番好きな登場人物
④ 読んだ後の感想

が書かれていました。合計は7行程でしたが、そこにはGくんの読後の感想が書かれていたのです。

(4) ワープロソフトの校閲機能を使って指導

次に筆者はワープロソフトの校閲機能を使って、Gくんが作成した文書ファイルにコメントを入れていきました。たとえば、

① この本の題名は?
② この本のあらすじ・概要は?
③ どうしてそのセリフが気に入ったの?
④ 読んだ後の感想を現実世界に置き換えて考えてみたら、どうなる?
例)○○という場面の時に、自分だったら△△する、など
⑤ 「うんうん」といった相づち

などです。また、Gくんがこのコメントを楽しく見られるように、Gくんが大好きな顔文字をいたる所に使用しました。このようにしてコメントを入れたファイルを、Gくんにe-メールで送りました。

(5) 一週間で完成

その後、Gくんから届いた文書ファイルの内容は、読書感想文としての形にほぼ出来上がっていました。そこで、筆者は、接続語と主語をブルーのマーカーで示し、文章のつながりを読者にとってわかりやすいものにしていこうというフィードバックをしました。

またGくんが修正した文章がしっかり最後までわかったという場合には、その「印」として、文末にGくんお気に入りの顔文字を追加していくことが、「自然のこと」になっていました。

その後Gくんは、筆者やご両親とのやりとりの中で、表現した文章を起承転結で段落分けをし、また、作成した文書ファイルを原稿用紙形式に自分で設定変更し、印刷すれば読書感想文として提出できる形にまでもっていきました。

実際に提出した読書感想文は、ワープロソフトで作成した文章を手書きしたものです。実は筆者は、「これを原稿用紙に文字として書くことは嫌じゃないかな?」と心配していたのですが、Gくんは「印刷してそのまま書けばいいので、すぐできます」と言いました。

実際その言葉通りに、Gくんと筆者とのやり取りが始まってから一週間が経ったころ、Gくんの頭の中にあった「読書の感想」は、読書感想文として形になったのです。ご両親もほっとしているご様子だったことをよく覚えています。

4. 好きなこと、得意なことを活かすということ

 書字障害のある子どもの作文や読書感想文の支援は、ご本人に表現したいことがあれば、他にも方法があるでしょう。たとえば頭の中にあることをICレコーダーで録音、それをICT機器を利用して、文字に変換するというような方法です。

しかし、「Gくんの事例から、支援の成功につながった理由は何か?」を改めて考えると、「好きなこと、得意なことに目を向け、それをきっかけにすること」だったのではないかと思います。

Gくんは、作文を書いたり、授業中にノートを取ったり、連絡帳を書くということが嫌だった一方で、自分の好きなキャラクターや顔文字をさっと書くことはとても楽しい様子でした。さらに、パソコンを使ってのタイピングも容易にできる様子でした。

これらの様子から、Gくんの好きなこと・得意なことが何かを見極め、それらを活かしていくこと、つまり、どうしたら「嫌なこと」が「楽しくて、したいこと」になるのかを当事者を含む周囲の人々で考え、実践できたことが、Gくんの支援の成功につながったのだと思うのです。

ただ、好きなこと、得意なことを探すのは、それほど簡単なことではないのも事実でしょう。その土台には、支援の対象となる方を深く知ることが必要。それと同時に、言葉にしてしまえば「できない」「したくない」という同じものであったとしても、その原因となっているものにたどり着くこと、深堀りしていくことも大切になると言えるでしょう。

最後に

「小学校高学年の子どもは漢字が書けて当たり前」「中学生になったら授業中にノートが取れて当たり前」という考えだけで子どもたちと接するのではなく、それぞれの個性を尊重して一人ひとりと関わっていくような環境を、教育現場ではもちろん、家庭においても作っていくことが大切なのではないでしょうか? 

女性のみなさんは小さいころ、交換日記やお手紙交換をお友だちと頻繁にされていませんでしたか? マンガ本などをよく買ってもらって読んでいたという方は、男女を問わず多数おられることでしょう。

実はこのような、何でもないと思うようなことが、書字障害のある方の支援の鍵になる場合があります。たとえば、「連絡帳に今日一日あったことを作文する」という課題があった場合、「4コママンガを作り、登場人物の吹き出しに文字を書いてストーリーを作っていく」といった方法などは、マンガという好きなものを利用した支援方法の一つです。

このことは、決して書字障害のある方の支援にだけ、利用できるものではないでしょう。「こうするのが効果的」という一般的な事例がもちろん有効である場合もあります。しかし、それですら、一人ひとりの「したくない気持ち」の背後にある「困難」を受け止め、理解し、個別の支援を考えた結果として選択する方法なのではないでしょうか。

なおこの記事に関連するサイト及び資料は下記の通りです。ご参考までにご確認ください。

参考:

ディスグラフィア(書字障害)とは?
https://jlsa-net.jp/hattatsu/disgrafia/

書字困難の生徒に対するノートテイキングの支援と効果
http://libds.tamagawa.ac.jp/dspace/bitstream/11078/23/1/5_2011_113_131.pdf

向井美沙希

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岡山大学教育学部卒,特別支援教育専攻

プロフィール

金森 保智

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全国地域生活支援機構が発行する電子福祉マガジンの記者として活動。 知的読書サロンを運営。https://chitekidokusalo.jimdo.com/

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