障害のある方と「いじめ」問題 ~「いじめ」の被害者にも加害者にもならないために
はじめに
障害のある方と「いじめ」問題について。「いじめ」は障害の有無によらず誰もが巻き込まれる可能性のある大きな社会問題の一つです。ここでは「いじめ」とは何か? ということや、その対策などについて、いじめ発生のメカニズムにも着目しながらまとめています。
1. そもそも「いじめ」とは何か?
「図-「いじめ」とは?」
「いじめ」と聞いたとき、どのようなものを想像するでしょうか? その中には、暴行や恐喝なども含まれてはいないでしょうか? 文科省は、「いじめ」を以下のように定義しています。
「いじめ」とは、「児童生徒に対して、当該児童生徒が在籍する学校に在籍している等当該児童生徒と一定の人的関係のある他の児童生徒が行う心理的又は物理的な影響を与える行為(インターネットを通じて行われるものも含む。)であって、当該行為の対象となった児童生徒が心身の苦痛を感じているもの。」とする。なお、起こった場所は学校の内外を問わない。
「いじめ」の中には、犯罪行為として取り扱われるべきと認められ、早期に警察に相談することが重要なものや、児童生徒の生命、身体又は財産に重大な被害が生じるような、直ちに警察に通報することが必要なものが含まれる。
これらについては、教育的な配慮や被害者の意向への配慮のうえで、早期に警察に相談・通報の上、警察と連携した対応を取ることが必要である。
(出典:文科省ホームページ いじめの問題に対する施策http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/seitoshidou/1302904.htm)
以前の定義の注釈においては、現在の定義の「物理的な影響を与える行為」に相当する「物理的な攻撃」の具体例として、「身体的な攻撃のほか、金品をたかられたりすること」をあげていました。
しかしこれらは、前者は暴行、後者は恐喝、と考えられることから、「<いじめ>ではなく<犯罪>であり、<犯罪>として扱うべきだ」という異論がありました。
このような経緯の中で、「いじめ」の定義は少しずつ変化している側面があります。とはいえ、このような解釈の分かれる「攻撃の内容」を議論することに、あまり大きな意味はないと考えた方がよいのではないでしょうか。
それよりも重要なことは、受けた側の「児童生徒」が「心身の苦痛を感じているもの」とされている点です。同じく文科省の定義では、「個々の行為が「いじめ」に当たるか否かの判断は、表面的・形式的に行うことなく、いじめられた児童生徒の立場に立って行うものとする。」とされています。
つまり、その行為をした側がどのような意図でその行為を行ったかが問題なのではないということです。このとらえ方は、セクシャルハラスメントやパワーハラスメントなどと同様の考え方をしているという点で注目すべきと言えるでしょう。
いずれにしても、「いじめ」がないことが最も重要ではありますが、仮に「いじめ」が見つかった場合であっても、それがエスカレートとして「犯罪」にまで至らないようにその時々で適切な対応を取ることが、被害に遭われた方にとっても、その加害者にとっても大切なことだということです。
参考:
文科省ホームページ
いじめの問題に対する施策
http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/seitoshidou/1302904.htm
2. 「いじめ」の実態
文科省は、「いじめ」も含む児童・生徒の問題行動などに関する調査を「児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査」として実施しています。この調査の2016年度の結果によれば、「いじめ」に関して、以下のようなことが明らかになっています。
小・中・高等学校及び特別支援学校において、学校が「いじめ」として認知した件数は323,808 件となっています。「いじめ」を認知した学校数は25,699 校で、全学校数に占める割合は7割近くにのぼっています。
「いじめ」発覚の経緯は、アンケート調査などが5割、いじめにあった方からの訴えが2割弱、担任の先生による発見が1割程度となっています。
調査方法や「いじめの認知のしくみ」などの変更・拡充などもあり、その件数は前年度に比較し急増するような結果になっています。
「いじめ」の内容としては、心理的な影響を与える行為である「冷やかしやからかい、悪口や脅し文句、嫌なことを言われる」が6割以上、「仲間外れや無視」が2割となっています。物理的な影響を与える行為としては「ぶつかられたり、叩たたかれたり、蹴られたりする」ものが、重度のものを含めて3割弱です。
その他のものはそれぞれ数%程度ずつとなっていますが、その内容の犯罪類似性などを考えても決して少ない数ではないと言えます。
つまり、非常に多くの学校で「いじめ」は存在しており、心理的な影響を与えるような「いじめ」が相対的に多く、犯罪と言えるようなものも決して少なくないということです。
「いじめ」の被害に遭われた方がどのような児童生徒かは明らかになっていませんが、障害の有無に関わらず、誰もが「いじめ」の被害者になる可能性があり、また、実際に被害に遭われているという事実を知っておくことが重要であると言えるでしょう。
「いじめ」は、特別支援学校でも起きています。学校が「いじめ」として認知した件数で1,704件、「いじめ」を認知した学校数は349校です。全特別支援学校の3割で「いじめ」が発生しており、1,000人あたりに換算すると12.4人の方が「いじめ」に遭っていることになります。
一般の小・中学校と比較すればその発生割合は低いものの、それは決して少ない数字ではないことがわかります。「いじめ」の発生がこれだけ認知されているということは、その裏にはさらに「いじめ」に至る可能性があるものもあるということでしょう。
さらに考えるべきは、被害者がいらっしゃるということは、加害者もいるということ。少なくとも障害のある方が「いじめ」の加害者になっているケースがあるということは、正しく理解しておく必要がありそうです。
参考:
文科省ホームページ
平成28 年度「児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査」(速報値)について
http://www.mext.go.jp/b_menu/houdou/29/10/__icsFiles/afieldfile/2017/10/26/1397646_001.pdf
3. 「いじめ」防止の施策と問題点 ~ しくみとしての「いじめ」防止策
これだけ多くの「いじめ」が発生している現状を踏まえ、さまざまな「いじめ」防止施策が検討、実施されています。そのうち、「いじめ」防止対策推進法は、「いじめ」の対策を法律面からも支えようとするものです。
この法律では、文科省が定義している「いじめ」の定義と同様の定義づけがされている他、国や地方公共団体、学校がそれぞれ「いじめの防止等のための対策に関する基本的な方針」を定めること、
①道徳教育等の充実、
②早期発見のための措置、
③相談体制の整備、
④インターネットを通じて行われるいじめに対する対策の推進、いじめの防止等の対策に従事する人材の確保等、
⑥調査研究の推進、⑦啓発活動などを行うことなどが定められています。
これを受けて、相談窓口の設置、警察との連携、インターネット上の誹謗中傷などに対するパトロールなど、具体的な施策が行われるようになっており、少しずつ拡充していっている状況です。
このような防止対策が行われてはいるものの、すでに見た通り、「いじめ」はなくなっていないという実態があります。ソーシャルネットワークなどのサービスの広がりもあり、むしろ「いじめ」の件数は増加、また「いじめ」が起こる環境も拡大・複雑化している、ととらえることもできるかもしれません。
つまり、「しくみ」は整備されつつあるものの、その「しくみだけ」で、「いじめ」をなくすことはできないということです。
参考:
電子政府の総合窓口 e-Gov ホームページ
いじめ防止対策推進法
http://elaws.e-gov.go.jp/search/elawsSearch/elaws_search/lsg0500/detail?lawId=425AC1000000071&openerCode=1
文科省 ホームページ
平成28 年度「児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査」(速報値)について
http://www.mext.go.jp/b_menu/houdou/29/10/__icsFiles/afieldfile/2017/10/26/1397646_001.pdf
いじめの問題に対する施策
http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/seitoshidou/1302904.htm
4. 「いじめ」防止に向けてできること
「しくみ」だけでは、なかなか「いじめ」を防ぐことはできそうにありません。そこで考えたいのは、そもそも「いじめ」はナゼ起きるのかという視点から、解決に向けた具体策を検討できないかということです。
「いじめ」はナゼ起きるのでしょうか? そこには、3つの視点があると考えられます。
「図-「いじめ」と関わる人々との関係」
「いじめ」は、被害者と加害者との関係だけで成り立つのではないと考えられています。もちろんその行為を止めようとする「仲裁者」の存在がまずは思い浮かぶでしょう。
しかし実際には、「いじめ」という行為を、はやし立てたり喜んで見ていたりといった積極的に受け入れる「観衆」と呼ばれる人たち、そして、それを否定せず暗黙的に受け入れる「傍観者」と呼ばれる人たちも存在しています。
つまり、「加害者」「観衆」「傍観者」という存在が、「いじめ」を発生させ、それを助長する環境をつくってしまっていると言えるのです。ということは、「観衆」「傍観者」になることも「いじめ」なのだということを理解することが一つの防止策であり、「いじめ」が起きてしまったときの対応策だと考えられるわけです。
「図-「欲求」という視点からみた「いじめ」」
「いじめ」は加害者による他者に対する攻撃行為と言えますが、攻撃行為を行う動機は、加害者の内部に存在していると考えられます。子どもから大人に成長する過程で、人が持つエネルギーは非常に大きなものになります。
このエネルギーは、認められたい、頼られたい、理解されたいといった自己優越感や自己満足感に対する欲求と言い換えることができます。
この欲求が満たされないとき、不安、不平や不満につながり、それを解消するために「いじめ」という攻撃行為に及んでしまうというとらえ方ができるのです。つまり、自分が周囲にとって価値のある人であり、能力を持った人であることが認められていれば、攻撃行為に向かうようなことは起きないのではないかと考えられるということです。
社会環境の急激な変化は、不安感を助長します。結果、これまでの社会秩序に対する不信感、不安感が生まれることになり、結果的にルール無視やマナー違反の横行につながると考えられています。「いじめ」は、このような環境変化の中で起きやすくなっていると見ることもできます。
社会環境の変化を止めることはできないでしょう。だとすれば、ルールやマナーに対する姿勢を、保護者の方を中心にきちんと見せ、ルールやマナーの大切さをくり返し伝え、それができたなら言葉や態度できちんとホメることが重要になると考えられます。もちろん、周囲の協力も重要になります。
「いじめ」の加害者になってしまう場合のことも考えておく必要が当然あるでしょう。しかしその原因は、決して障害の特性が問題なのではないと考える必要があります。その原因を障害の特性に求めてしまうと、障害のある方同志の中での「いじめ」がなくならないことになってしまいます。
またそれ以上に、歯止めとなるものがなくなってしまうことになることで、それが助長されてしまったら、犯罪にまで至ってしまう可能性を否定できなくなります。「いじめ」の加害者になるということはもちろん大きな問題ですが、それが仮に犯罪にまで及んでしまうと、被害に遭われた方にとって、ご本人にとって、そしてご家族にとってもあまりに大きな不幸でしょう。
仮に「いじめ」の加害者側になってしまったとしたら、それを学びの機会に変えていくことも大切と言えそうです。
【関連記事】
障害のある方が事件・事故の加害者となるリスクとその対策
https://jlsa-net.jp/sks/sgs-kagaisyarisk/
「図-「いじめ」の対策例」
すでに見てきたように、「いじめ」のメカニズムからもある程度の対策が考えられますが、より具体的には、次のような方法が考えられます。
今の社会は、自分の欲しい「モノ」が比較的簡単に手に入れられる社会です。だからといって、過剰に「モノ」を与えてしまうと、気づかぬうちに「モノ」を大切にすることを忘れてしまったり、「モノ」が手に入らないことを我慢できなくなったり、それを手に入れる努力を大切にできなかったりといったことが起こりやすくなります。
「モノ」ではないものが得られたことに対して、「豊かさ」を感じられるようにしていくために重要になるのは、何と言っても十分なコミュニケーションです。会話、触れ合いといった中で愛情を示すことは、もっとも基本的でありつつ、非常に重要なコミュニケーションと言えます。
そのようなコミュニケーションの中で、マナーや社会規範について見せる、考えさせる、行動させることが重要になるでしょう。
また、さまざまな体験も重要です。今の社会は、ゲームなどの一人遊びや限られた人との関わりが多くなりがちです。
大勢の人と触れ合ったり、戸外での自然と触れ合ったり、得意なこと、苦手なこと、楽しいこと、楽しくないことなどをさまざま感じる体験ができればできるほど、 いわゆる「多様性」を受け入れる力が身についていくと考えられます。
参考:
福岡県ホームページ
いじめメカニズム
http://www.pref.fukuoka.lg.jp/uploaded/life/68225_14381500_misc.pdf
国立研究開発法人 科学技術振興機構 J-STAGEホームページ
なぜいじめは止められないのか?
https://www.jstage.jst.go.jp/article/eds/96/0/96_325/_pdf
最後に
「いじめ」は非常に多くの場で、また、非常に多く発生している問題ですが、誰もが被害者にも加害者にもなりえる問題でもあります。
「いじめ」を起こさないための教育をしていくとき、単に「いじめ」はダメだということだけではなく、「いじめ」が起きるのはナゼか?という点にも着目すると、具体的にできることを考えやすくなると言えるでしょう。
また、万が一「いじめ」が起きてしまったら、それはその後さらに大きな問題である「犯罪」にまで至らないようにするための大きな機会ととらえることもできます。一見マイナスに見えることもプラスの視点でとらえていければ、より豊かな人生にしていくことができるということなのかもしれません。
なお、この記事に関連するおススメのサイトは下記の通りとなります。ご参考までご確認ください。
参考:
電子政府の総合窓口 e-Gov ホームページ
いじめ防止対策推進法
http://elaws.e-gov.go.jp/search/elawsSearch/elaws_search/lsg0500/detail?lawId=425AC1000000071&openerCode=1
文科省ホームページ
平成28 年度「児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査」(速報値)について
http://www.mext.go.jp/b_menu/houdou/29/10/__icsFiles/afieldfile/2017/10/26/1397646_001.pdf
いじめの問題に対する施策
http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/seitoshidou/1302904.htm
福岡県ホームページ
いじめメカニズム
http://www.pref.fukuoka.lg.jp/uploaded/life/68225_14381500_misc.pdf
国立研究開発法人 科学技術振興機構 J-STAGEホームページ
なぜいじめは止められないのか?
https://www.jstage.jst.go.jp/article/eds/96/0/96_325/_pdf
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