分離不安障害とは?
はじめに
分離不安障害とは、保護者の方など愛着の対象となっている人や物と離ればなれになることを極度に恐れる障害のことです。不安という感情は誰にでもあるものですし、実は有用な面もある感情です。しかし、それが過剰となった場合、日常生活に支障をきたす可能性、つまり、障害になる可能性があります。成長の段階で多少の分離不安がみられるのは正常の範囲ですが、この症状が生活に支障をきたしているような状態となっているのが分離不安障害と言い換えられます。
不安に関する障害には複数ありますが、ここでは、特に幼少期の子どもに見られることの多い分離不安障害について、正常範囲の分離不安との違いにも注目しながら、その症状や原因、診断のポイントなどについてまとめています。
1. 分離不安障害とは?
「図-不安という感情」
「不安」は、精神医学上では「対象のない恐れの感情」と定義されています。「気持ちが落ち着かない」「ドキドキして心細い」といった症状のことを言い、誰でも感じる感情でもあります。
何か心配なことや気がかりなことがある時、目上の人や初対面の人に会う時、試験の前などにこのような感情を抱くことは正常なことですし、実際に原因となる心配事などがなくなれば、その症状も自然と消えてしまうものでもあります。
また、不安の感情自体は、将来起こりえる危険から身を守るという意味で、大切な感情でもあります。たとえば、災害への不安から防災グッズを取りそろえるといった行動に結びつくものでもあるからです。
「不安」で問題になるのは、「理由がないのに」落ち着かない、どきどきして心細いなどの症状が起こる場合です。この場合は「病的な不安」である可能性が考えられます。
「正常な不安」が危険に備え、問題解決へ向かって行動を起こすことにつながる面があるのに対し、「病的な不安」は、理由がないのに生じる、あるいは理由があってもその理由とは不釣り合いに強い、原因がなくなってもいつまでも続くといった特徴があり、何らかの精神的・身体的な疾患の可能性があります。
このような不安に対する精神的な疾患を総称して不安障害と言います。不安障害には、パニック障害、社会不安障害、強迫性障害、全般性不安障害など、さまざまなものがありますが、そのうち、親、つまり保護者の方など愛着の対象となっている方と離ればなれになることを極度に恐れる障害を、分離不安障害と言います。
分離不安障害のある方は、愛着の対象となっている人や物と分離された際、「その人が死んだり、病気になったり、事故にあったり、壊れたりしてしまうのではないか」と心配し、いつでも連絡をとれるようにしたいと思うなど、過剰な不安に伴う苦痛をくり返し経験することになります。
また、そのような過剰な苦痛から逃れるため、愛着の対象となっている方から離れたくないという想いが非常に強まり、ひとりで出かけたり、ひとりで家にいたりすることを嫌がることになります。家の中でさえも、いつも愛着の対象となっている方のすぐ近くにつきまとう他、ひとりで眠ることもなかなかできません。
眠っていても、愛着の対象となっている方と二度と会えなくなるような悪夢をよく見る他、その方と離れることが予測される時は、頭痛や腹痛、吐き気などの身体症状を訴えることもあります。
分離不安障害がある場合、引きこもりになったり、感情が鈍く無気力になったり、遊びや仕事に集中できなくなったりしがちだと言われています。愛着の対象となっている方と離れることが不安で、そのことに気が向いている状態と言えるからです。
結果、子どもの場合は不登校になるなどして、学業で思わしい成果が出せなかったり、孤立していったりすることも考えられます。また、幼い子どもの場合は「誰かが部屋をのぞき込んでいる」「恐ろしい生き物が近づいてくる」といった異常な体験をしたと訴えることもあるようです。
「図-成長・発達と分離不安との関係」
1) 母子未分化という視点 ~ 不安のはじまり
実は生まれたばかりの子どもは、自分と他者、特に母親と未分化の状態と考えられています。つまり、母親を自分の一部であるかのように認識しているということです。このことは、不安という感情と密接に結びついていると考えられています。
たとえば、腕でも足でもどこでも構わないのですが、「自分の一部」が自分の意識とは異なるところで、勝手に出歩き、勝手な行動をとっていることを想像してみてください。どのように感じるでしょうか?
実はこれと同じことが、生まれたばかりの子どもと母親との間に生じていると考えられているのです。自分と同一であるはずの母親が、自分の意識とは異なるところで勝手に離れ、勝手に行動している・・・。
2) 子どもの発達
このような母子未分化の状態であった乳幼児期の子どもの脳は、急激に発達することになります。社会環境や家庭環境などの影響も相まって、認知機能、ことば、数の概念、思考、情緒、社会性、遊びといった、こころの機能と呼ばれる機能が発達するのです。
生まれてしばらくは、ほぼ保護者の方に依存して、生活をしている状況だった乳幼児は、成長につれさまざまな対象と触れ合うことを通じ、これまたさまざまな対象に興味や関心を抱くようになっていきます。つまり、急激に成長、発達するのです。
このような急激な発達が見られることもあり、愛着の対象となっている方に対して多少の分離不安があらわれることは正常な現象と言われています。
成長するに伴い、次第に愛着の対象となっている方である保護者の方から離れても不安がらないようになっていくという発達の過程を経ていくのですが、ここには発達段階が影響し、初めは極々少しの時間から、そして、次第に長い時間、不安の感情を抱かないようになっていくということです。
実際子どもは、生後8ヶ月の頃から、保護者の方が自分の世話をしてくれる特別な存在と認識できるようになりますが、時間の観念や記憶が発達していないため、保護者の方が自分から離れた後、戻ってくることがわからず、不安を覚えると言われています。
一方1歳半を過ぎる頃になると、保護者の方が戻ってくることがわかるようになり、保護者の方が自分から離れた時に生じる不安が次第に軽減していくとされています。
「図-分離不安障害の原因」
分離不安障害は、上記で見たような正常な範囲の分離不安とは異なり、一定程度の年齢に達しているのに分離不安があらわれたり、また、そのために生活に支障をきたすような状態になったりしているということになります。この原因としては、次のようなものが考えられています。
1) 環境要因
分離不安障害は、喪失体験など大きなストレスの後に起きる傾向があることがわかっています。たとえば、身内の方やペットの死、自分や身内の方の病気、転校、ご両親の離婚、新しい土地への転居、愛着の対象となっている方と離れていたときに発生した災害などです。
また、青年期の場合には、実家から出たり、失恋したり、自分が親になったりすることも原因になると言われています。
他に保護者の方の過保護や過干渉にも、この障害との関連が指摘されています。先に母子未分化について見ましたが、たとえばあまりに母子が密接であり続けると、母親を自分と別の存在であることを認識できないと考えられるということです。
以上のような環境要因をキーワードでまとめると、「生活上のストレス」、「家族関係」、「保護者の方のうち特に母親の不安定さ」ということになるでしょう。
2) 遺伝要因
分離不安障害の場合、遺伝的な要因もあるのではないかと考えられています。というのも、6歳の双子における分離不安症の遺伝率は7割程度になることがわかっているからです。
分離不安障害は、就学前にも発症するものの、その多くは就学後の7~8歳にみられるとされています。12カ月の有病率、つまり、12カ月の間に分離不安障害となる方は、子どもの場合が4%程度とされています。ただし、小児期から次第に減少していくこともわかっています。
参考:
厚労省 みんなのメンタルヘルス
不安・緊張 ~気持ちが落ち着かない・どきどきしてこころ細い~
https://www.mhlw.go.jp/kokoro/symptom/2_01_02symptom.html
厚労省 こころもメンテしよう
不安障害
https://www.mhlw.go.jp/kokoro/youth/stress/know/know_02.html
J-STAGE
子どもの心身発達に関する「甘え」の今日的意義
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jhas/5/1/5_1_27/_pdf/-char/ja
公益社団法人 日本精神神経学会
一般精神科医のための子どもの心の診療テキスト
https://www.jspn.or.jp/uploads/uploads/files/journal/journal110_02_appendix.pdf
医療法人社団ハートクリニック
小児期の分離不安障害
https://www.e-heartclinic.com/kokoro/senmon/f90/sepad01.html
2. 分離不安障害の主な症状 ~こんな症状が見られたら
分離不安障害の具体例として、次のようなケースが考えられます。
「母親と離れるのが苦痛で、登校を促されると泣いて暴れ、その場から動こうとしない。結果、小学校に入って間もなく、不登校になる。家の中にいてもべったりと母親にくっつき、母親がトイレに行く時もついて行こうとする。公園などに行っても母親のそばから離れず、母親が見えるところにいないと自分は誘拐されると訴える。」
分離不安障害は、次のような視点から診断されることになります。
① 以下の分離不安障害に関するチェック項目のうち3つ以上があてはまる場合
1) 家、または、愛着の対象となっている方と離れることが、予測できるか、実際に経験される時に、過剰な苦痛がくり返しみられる
2) 愛着の対象となっている方を失うかもしれない、または、その方に病気、負傷、災害、死など、危険が及ぶかもしれないという過剰な心配が持続的にみられる
3) 愛着の対象となっている方と引き離されるような運の悪い出来事、たとえば迷子になる、誘拐される、事故に遭う、病気になるといった経験するかもしれないという、過剰な心配が持続的にみられる
4) 離ればなれになることへの恐怖のために、家から離れ学校や職場などの家以外の場所へ出かけることについて、抵抗したり拒否したりする状態が持続的にみられる
5) ひとりでいることや愛着の対象となっている方がいない家にいること、あるいは、他の環境で過ごすことに対して、抵抗したり拒否したりする状態が持続的にみられる
6) 家を離れて寝る、または、愛着の対象となっている方が近くにいない状況で眠ることに対して、抵抗したり拒否したりする状態が持続的にみられる
7) 離ればなれになることに関する悪夢をくり返しみる
8) 愛着の対象となっている方と離れることが、予測できるか、実際に経験される時に、頭痛、腹痛、嘔気、嘔吐といった身体症状を訴えることがくり返しみられる
② 上記の①にあてはまる恐怖、不安、回避の行動が、子どもや青年の場合であれば少なくとも4週間、成人では6カ月以上持続してみられる
③ 上記の①にあてはまる恐怖、不安、回避の行動が、苦痛となったり、生活における重要な領域の活動で支障をきたしたりしている
④ 他の精神障害が原因ではない
【関連記事】
二次障害とは? ~元々の障害が引き起こす他の障害
https://jlsa-net.jp/sei/2-syogai/
参考:
厚労省 みんなのメンタルヘルス
不安・緊張 ~気持ちが落ち着かない・どきどきしてこころ細い~
https://www.mhlw.go.jp/kokoro/symptom/2_01_02symptom.html
公益社団法人 日本精神神経学会
一般精神科医のための子どもの心の診療テキスト
https://www.jspn.or.jp/uploads/uploads/files/journal/journal110_02_appendix.pdf
医療法人社団ハートクリニック
小児期の分離不安障害
https://www.e-heartclinic.com/kokoro/senmon/f90/sepad01.html
週刊医学界新聞 2016年6月6日
不安障害を上手に診ていくために
https://www.igaku-shoin.co.jp/nwsppr/pdf/3177.pdf
3. 分離不安障害と診断されたら
分離不安障害の初期治療には、認知行動療法、家族教育、家族精神療法など、多様な治療が推奨されています。
登校拒否のある場合は、登校を促し続けつつ、家族療法を用いることが重要となる場合があるとされています。特に、終日学校にいることが難しいような場合は、学校で過ごす時間を徐々に長くするといった計画的な治療が必要となる他、分離不安が強過ぎるような場合には入院が必要となることもあります。
治療のためにあえて愛着の対象となっている方や物と分離したり、行動目標を声に出して宣言させ、努力させたりすることもあるようです。また気分の落ち込みや不安症状が強い場合などに、薬物療法として、SSRIが利用される場合があります。
治療が始まると比較的良好な経過をたどる、つまり、徐々に良くなっていくことが多いとされています。ただし、他の不安障害などとの合併症である場合や、高年齢になってから初めて発症した場合などで、長期に渡って症状が見られる場合もあるとされています。
分離不安障害で行われる心理療法のうち、認知行動療法は、ご本人の分離不安を軽減させ、愛着の対象となっている方や家から離れた活動に慣れることを目的に行われます。
一方、保護者の方とご本人が共に受ける家族療法では、保護者の方も一緒に分離不安障害に対する理解を深め、ご本人への適切な支援方法を見つけることが目的になります。つまり、ご本人の努力だけではなく、ご家族の方の、障害に対する正しい理解と適切な対応が必要だということです。
原因のところで触れたように、保護者の方の家庭での甘やかしや過保護、強すぎる家族の絆などが障害の要因になっている可能性もあることから、ご本人との適切な距離、接し方を学ぶことも必要になる場合があるということです。
参考:
厚労省 みんなのメンタルヘルス
不安・緊張 ~気持ちが落ち着かない・どきどきしてこころ細い~
https://www.mhlw.go.jp/kokoro/symptom/2_01_02symptom.html
公益社団法人 日本精神神経学会
一般精神科医のための子どもの心の診療テキスト
https://www.jspn.or.jp/uploads/uploads/files/journal/journal110_02_appendix.pdf
医療法人社団ハートクリニック
小児期の分離不安障害
https://www.e-heartclinic.com/kokoro/senmon/f90/sepad01.html
最後に
分離不安障害は、保護者の方など愛着の対象となっている人や物と離ればなれになることを極度に恐れる障害のことを言います。成長の段階で多少の分離不安がみられるのは正常の範囲ですが、この症状が生活に支障をきたしているような状態となっているのが分離不安障害であると言い換えられるでしょう。
分離不安障害の原因は複数考えられますが、遺伝的な要因の他、「生活上のストレス」、「家族関係」、「保護者の方のうち特に母親の不安定さ」といった環境要因たの影響が指摘されています。
このため、治療にあたっては、認知行動療法の他、保護者の方も一緒に分離不安障害に対する理解を深め、ご本人への適切な支援方法を見つけることを目的とする家族療法も有効とされています。
早期に治療するほど回復が早いこともわかってもいますので、分離不安障害にあたるような症状が見られる場合は、できるだけ早く、専門医の診察を受け、治療にあたることが重要と言えるでしょう。なお、この記事に関連するおススメのサイトは下記の通りとなります。参考までご確認ください。
参考:
厚労省 みんなのメンタルヘルス
不安・緊張 ~気持ちが落ち着かない・どきどきしてこころ細い~
https://www.mhlw.go.jp/kokoro/symptom/2_01_02symptom.html
厚労省 こころもメンテしよう
不安障害
https://www.mhlw.go.jp/kokoro/youth/stress/know/know_02.html
J-STAGE
子どもの心身発達に関する「甘え」の今日的意義
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jhas/5/1/5_1_27/_pdf/-char/ja
公益社団法人 日本精神神経学会
一般精神科医のための子どもの心の診療テキスト
https://www.jspn.or.jp/uploads/uploads/files/journal/journal110_02_appendix.pdf
医療法人社団ハートクリニック
小児期の分離不安障害
https://www.e-heartclinic.com/kokoro/senmon/f90/sepad01.html
週刊医学界新聞 2016年6月6日
不安障害を上手に診ていくために
https://www.igaku-shoin.co.jp/nwsppr/pdf/
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