ケトン食療法とは?
はじめに
ケトン食療法とは? 疾患の治療には、薬物療法、手術、精神療法などさまざまなものがありますが、食事療法もその一つに数えられます。食事療法のうち、スポーツやダイエットなどでも注目を集めている食事療法にケトン食療法があります。ケトン食は、「ケトン体回路にしたい。ケトン体が燃えやすく、キチンとエネルギー源になりやすい体質になりたい」と、サッカー日本代表の長友選手がコメントし、大きく取り上げられたこともあり、スポーツに関心の高い一般の方々の間でも注目されるようになりました。
アルツハイマー病の予防とその進行の抑制に効果があるとされ、がんの抑制やダイエットにも応用されています。ここでは、ケトン食療法とは何かを中心に、その適用可能性などについてまとめています。
1. 人にとっての食事の役割
私たちにとっての食事には、2つの役割があると考えられます。その1つは、栄養学的な側面です。食事は、生活・活動する上で必要となるエネルギーを摂ることだ、多くの方が考えられていることでしょう。
しかし、これをより丁寧にとらえなおせば、食事を摂ることによって、その食事をする人の健康を維持・増進し、また疾病の予防・治療に必要な栄養分を過不足なく摂ること、と捉えなおすことができます。
もう1つは、食事によって、人のQOLや社会性を高めるという役割です。食事を美味しく食べられるということは、心の豊かさや満足感をもたらします。また、食事をする場面が、人間関係やコミュニケーションの形成に役立つことは、多くの方が実感されていることでしょう。
さらに、食習慣や食文化という言葉があるように、同じ物であっても、それを食べ物とする社会もあれば、宗教的なものも含め、それを食べてはいけないとされている場合もあります。このような側面は、食事が単に生きるための栄養を摂ることだけを目的とはしていないことを物語っています。
栄養学的な側面に関して、特に活動のためのエネルギーを得るという側面で考えると、三大栄養素である、炭水化物、タンパク質、脂質を摂ることが必要とされています。
エネルギーを得るために推奨する三大栄養素の摂取割合は、厚労省の「日本人の食事摂取基準2015年版」の中では、炭水化物50~65%、タンパク質13~20%、脂質20~30%と明記されており、三大栄養素と言いつつも、炭水化物の割合が圧倒的に多いことがわかります。
この理由は、炭水化物に多く含まれる糖質が、脳や肉体の生命活動を維持するための主要なエネルギー源と考えられているからと言えます。では、この割合を大きく変えたら、どんなことが起こるのでしょうか? たとえば、炭水化物を可能な限り0%まで引き下げることは、可能なのでしょうか?
多くの方は、「エネルギー不足に陥り、栄養失調の状態になる。結果、頭の働きが鈍ったり、体力が続かなかったりする。だから、日中の生活をまともにできず、生活に支障を来す」と考えられるかもしれません。
参考:
厚労省
日本人の食事摂取基準(2015 年版)の概要
https://www.mhlw.go.jp/file/04-Houdouhappyou-10904750-Kenkoukyoku-Gantaisakukenkouzoushinka/0000041955.pdf
関東学院大学
食事のもつ役割、食と健康をつなぐ役割をもつ栄養
http://eiyou.kanto-gakuin.ac.jp/column/column-1689/
2. ケトン食療法とは?
「図-ケトン食療法の基本」
ケトン食療法とは、食事の内容を工夫することにより、ケトン体を糖分の代わりに脳のエネルギー源として活用できる状態に人為的にすることで、治療に応用することを指します。
ひと言でその特徴を言えば、炭水化物の摂取量をギリギリまで減らす食事療法、つまり、炭水化物を可能な限り0%まで引き下げる方法だと言うことができます。
ケトン食療法では糖質や炭水化物を減らす一方で、脂肪を増やした食事を摂ることになります。このようにすることで、体内に取り込まれた脂肪は分解され、ケトン体が体内で作られるようになることで、治療効果を発揮するようになるのです。
ケトン食療法の基本的な考え方は、以下のとおりです。
1) お米、パン、パスタなどはできるだけ食べないようにする
2) 砂糖の代わりに人工甘味料を使用するなどして、糖質をできるだけ摂取しないようにする
3) 卵、豆腐、肉、魚主体の食事に食用油を添加し、摂取する
また、効果を高めるために食事で摂取する総カロリーや水分を7~8割に制限する場合があるとされています。
ケトン食療法では、体内にケトン体が作られるようになる必要があります。基本的な考え方に沿って食事をするだけでは、体内でケトン体が作られることにはならないのです。では、実際、どの程度の栄養素の摂取割合になることを目指せばよいのでしょうか? これを示すのが、「ケトン比」と呼ばれるものです。
「ケトン比」は、「脂質」と「糖質を含む炭水化物」、「タンパク質」の食事内での比率を算出するもので、以下のように算出されるとされています。
<Woodyatt計算式と呼ばれるケトン比の厳密な算出方法>
「脂質+タンパク質」:「炭水化物+糖質を含む炭水化物+タンパク質」
=「(0.9×脂質)+(0.46×タンパク質)」:「(糖質を含む炭水化物)+(0.1×脂質)+(0.58×タンパク質)」
※栄養素量の単位は、すべてg(グラム)
上記の計算は、非常に面倒でしょう。そこで簡易的には、次のような算出方法が利用できます。
<簡易的なケトン比の算出方法>
「脂質+タンパク質」:「炭水化物+糖質を含む炭水化物+タンパク質」
上記のように算出できるケトン比が一定になるように毎食計算していくことになります。一般的なケトン食では、最終的にはケトン比が「3:1」~「4:1」となるように献立を調整することが目標とされています。
「図-ケトン体が体内でエネルギーになるメカニズム」
食事を摂取したとき、それはそのまま体内に吸収されるわけではないことは、多くの方がご存知でしょう。消化の過程で栄養素に分解され、取り込まれるわけです。
既に見たようにケトン体とは、脂肪が体内で分解されたときにできるもの。食べたもの脂質や体脂肪が体内で分解されて、ケトン体という小さな粒となり、細胞のエネルギーになるとイメージするとわかりやすいかもしれません。そして、ケトン体は実は人の身体のエネルギー源として使われているものでもあります。
チョコレートなどの甘い物を食べるとエネルギーになるので元気になるというイメージが定着していることもあり、糖質が分解されてブドウ糖になり、人のエネルギー源になると考えられている方も多いでしょう。
しかし、実際には、糖質よりもむしろ脂質のほうが人体を活動させているメインのエネルギー源であるとされており、その重要な役割を担っているのがケトン体だと言うことができます。
なお、ケトン体が体内でエネルギーになるメカニズムは、上の図のように表すことができます。
参考:
一般社団法人日本小児神経学会
Q13:てんかんのケトン食療法について教えて下さい。
https://www.childneuro.jp/modules/general/index.php?content_id=20
癌ケトン食研究会
ケトン食療法とは
http://www.med.osaka-u.ac.jp/pub/kanpou/keto/ketogenic/
てんかん情報センター
ケトン食療法について教えてください
http://epilepsy-info.jp/question/faq7-3/
J-STAGE
ケトン食糧法の有効性と課題
https://www.jstage.jst.go.jp/article/ojjscn/50/3/50_203/_pdf/-char/ja
3. ケトン食療法の効果
「図-ケトン食療法の効果と可能性」
1) ケトン食の長い歴史
ケトン食による病気の治療への応用は、実は長い歴史があります。古代ギリシアの医師であるヒポクラテスによって、既にてんかんに対する絶食の効果が報告されているのです。この効果を受けて、1921年アメリ力のWilderによって絶食より負担の少ない方法として開発されたのがケトン食です。
実際にケトン食をてんかん患者の治療に適用したところ、てんかん発作の劇的な軽減効果が報告されており、また、その有効性と安全性は日本でも確認されています。
ケトン食を治療として取り入れるケトン食療法は、日本においても難治性てんかんの患者中心に利用されていますが、実際にはてんかん発作のタイプに関わらず期待できると言われています。
2) ケトン食のてんかんに対する治療効果
ケトン食療法は、ケトン食療法を実施した方のおよそ5割で、その効果が認められている、とされています。また、てんかん発作の頻度が半分程度にまで減少することが期待されています。
ただしその効果のあらわれ方は人それぞれ。このためケトン食療法の開始後、少なくとも1か月間は様子を見ること、そして効果があれば2年間は継続するのが一般的となっているようです。
【関連記事】
てんかんとは?
https://jlsa-net.jp/ti/tenkan/
ケトン食は、てんかんにだけ効果を発揮するわけではないと考えられています。その根拠のーつとしては、イヌイット民族における疫学調査の結果があげられています。イヌイット民族は、伝統的にケトン食に類似した低炭水化物高脂肪の食習慣がありました。
そして、そのがんの発生率は極めて低いことが知られていました。ところが、1910年以降欧米型の食文化が流入、1950年代からは大腸がん・肺がん・乳がん・前立腺がんが増加していたことが報告されたのです。つまり、ケトン食には、ガンの発生を抑制する効果があるのではないかと考えられるようになったということです。
イヌイット民族における疫学調査の結果などもあり、ケトン食のガンに対する抑制効果への期待が高まっており、欧米中心に、さまざまながん患者へのケトン食の有効性に関する調査・研究が進められるようになりました。
日本においては、2013年に大阪大学が、がん患者に対するケトン食の有用性を検討するための臨床研究を始めています。
これまでの研究結果から、動物のがん細胞を入れたシャーレにケトン体を投与すると、がんが縮小することがわかっているのですが、なぜケトン体にがん抑制効果があるのか、そのメカニズムはわかっていないとされています。
がん細胞はブドウ糖だけをエネルギー源とすることから、糖質制限そのものが、がんの抑制に関与している可能性があるなど、いくつかの仮説があるからです。ただ、ケトン食療法が、がん治療に効果的である可能性は大いにあると考えられているのです。
アルツハイマー病の予防とその進行の抑制に効果があるとされている方法に「ReCODE法」というオーダーメイドの治療システムがあります。
ここでの食事療法は、「ケトフレックス12/3」と呼ばれているのですが、ここで言う「ケト」とは、脂肪を利用して「ケトン体」を作れるような状態にするということ。要はケトン食療法をしようということなのです。
ちなみに、「フレックス」とは、緩やかな菜食主義のこと、「12/3」は、朝ごはんまで12時間空ける、夕飯は就寝3時間前までに終えるというルールのことです。
【関連記事】
ReCODE法の研究成果 現代型の生活がアルツハイマー病の原因?
https://jlsa-net.jp/kn/recode/
ケトン食は、「ケトン体回路にしたい。ケトン体が燃えやすく、キチンとエネルギー源になりやすい体質になりたい」と、サッカー日本代表の長友選手がコメントし、大きく取り上げられたこともあり、スポーツに関心の高い一般の方々の間でも注目されるようになりました。
各種の報道など筆者が知るところでは、実際に長友選手が実践している食事は、定義どおりのケトン食というよりはむしろ糖質制限食いうようなものと考えられますが、いずれにしても、糖質によるエネルギー源の摂取ではなく、ケトン体をエネルギー源にしたいとの意識が働いていることがわかります。
ケトン体ダイエット、ケトジェニックダイエット、糖質オフダイエットと呼ばれるダイエット法がありますが、そのレベルはさまざまではあるものの、これらはすべて、長友選手が取り組まれている食事法と基本的には同じ考え方をしています。つまり、炭水化物の摂取を極力減らす食事法であり、ダイエット法だということです。
これまでに見てきているように、ケトン食はこれまで定説とされてきている食のバランスとは異なるバランスでの食事となり、見方を変えれば、「偏った食事」とも言えるようなものになります。
また、厳密なケトン比の算出を行おうとすると、相応の知識、摂取食品の情報管理が必要で、面倒な面もあります。最近ではその情報は増えているとはいえ、始めてみたはよいけれど、続かない、飽きるといったようなことも起きがちのようです。
また、副作用として、低血糖、嘔気・嘔吐、便秘・下痢、体重減少、活動性低下などが生じる場合があるとされています。その他にも、予期しない副作用が生じる可能性や、ケトン食を実施すべきではない病気もあると考えられます。
よって、基本は、医師の指導の下、栄養士のサポートも受けながら取り入れていくことが大切になると言えるでしょう。なお、ケトン体が体内で生成されているかどうかは、病院での血液検査の他に、家庭での尿検査で尿中ケトン体が2+から3+あるかどうかで確認することができます。
参考:
「入院時食事療養費に係る食事療養及び入院時生活療養費に係る生活療養の実施上の留意事項について」等の一部改正について
https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-12400000-Hokenkyoku/0000114858.pdf
一般社団法人日本小児神経学会
Q13:てんかんのケトン食療法について教えて下さい。
https://www.childneuro.jp/modules/general/index.php?content_id=20
癌ケトン食研究会
ケトン食療法とは
http://www.med.osaka-u.ac.jp/pub/kanpou/keto/ketogenic/
てんかん情報センター
ケトン食療法について教えてください
http://epilepsy-info.jp/question/faq7-3/
J-STAGE
ケトン食糧法の有効性と課題
https://www.jstage.jst.go.jp/article/ojjscn/50/3/50_203/_pdf/-char/ja
ケトジェニックダイエットがヒトの健康に及ぼす影響について
https://www.jstage.jst.go.jp/article/kagakutoseibutsu/54/9/54_650/_pdf
最後に
疾患の治療法の一つに食事療法がありますが、このうち、体内活動のエネルギー源を、糖分ではなくケトン体にしようとする食事療法をケトン食療法と言います。ケトン食療法では、炭水化物の摂取量を極限まで減らし、卵・豆腐・肉・魚主体の食事に食用油を添加し摂取するという方法が取られます。
このことを通じて、体内でケトン体が生成されるようにしていくのです。
ケトン食療法は、難治性てんかんの入院食として、保険適用されるようになりましたが、がん、アルツハイマー病にも効果があるのではないかと仮説づけられており、日本でもその研究が進められるようになってきています。
一般の方にも注目されているケトジェニックダイエット、糖質オフダイエットなどは、ケトン食療法を緩やかに適用しようとするものと言うこともできるかもしれません。
ケトン食療法を実際に行うには、毎食のケトン比の管理が必要になります。また、副作用も考えられることから、ケトン食療法を取り入れていくにあたっては、医師の指導の下、栄養士のサポートも受けることが基本となります。また、食には栄養学的な側面だけでなく、QOLや社会性を高める側面も期待されます。
特に一般の方がケトン食療法やそれに準じた食事方法を取り入れる場合には、その2面のバランスをとることが大切と言えるのではないでしょうか。
なお、この記事に関連するおススメのサイトは下記の通りとなります。参考までご確認ください。
参考:
厚労省
日本人の食事摂取基準(2015 年版)の概要
https://www.mhlw.go.jp/file/04-Houdouhappyou-10904750-Kenkoukyoku-Gantaisakukenkouzoushinka/0000041955.pdf
「入院時食事療養費に係る食事療養及び入院時生活療養費に係る生活療養の実施上の留意事項について」等の一部改正について
https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-12400000-Hokenkyoku/0000114858.pdf
一般社団法人日本小児神経学会
Q13:てんかんのケトン食療法について教えて下さい。https://www.childneuro.jp/modules/general/index.php?content_id=20
癌ケトン食研究会
ケトン食療法とは
http://www.med.osaka-u.ac.jp/pub/kanpou/keto/ketogenic/
てんかん情報センター
ケトン食療法について教えてください。http://epilepsy-info.jp/question/faq7-3/
J-STAGE
ケトン食糧法の有効性と課題
https://www.jstage.jst.go.jp/article/ojjscn/50/3/50_203/_pdf/-char/ja
ケトジェニックダイエットがヒトの健康に及ぼす影響について
https://www.jstage.jst.go.jp/article/kagakutoseibutsu/54/9/54_650/_pdf
関東学院大学
食事のもつ役割、食と健康をつなぐ役割をもつ栄養
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