高齢者虐待防止法 認知症、高齢者への虐待問題を考える

高齢者・認知症

はじめに
高齢者虐待防止法について。日本の総人口は、2016年時点で1億2千万人あまり。そのうち、65歳以上の高齢者人口は3,400万人以上で、総人口に占める割合である高齢化率で27.3%となっています。世界保健機構や国連は、高齢化率が21%を超えると超高齢社会と定義しています。

つまり日本は超・超高齢社会とも言えるような状況になっていると言えます。また、認知症の方も2025年には700万人になるという推計もあります。このような中で、認知症を含む高齢者の方に対する虐待が社会的な問題として表面化。その防止のために制定された法律に高齢者虐待防止法があります。

ここでは、そのような背景から制定された高齢者虐待防止法に定められていることを中心に、認知症を含む高齢者に対する虐待の最新の状況を踏まえながら、私たち一人ひとりにできることなどをまとめています。



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1. 高齢者虐待とは?
(1) 高齢者の定義

高齢者虐待防止法は、その名のとおり、高齢の方への虐待防止を目的に2006年に施行された法律です。ここで定義される「高齢者」とは、65歳以上の方のことを指します。

(2) 高齢者虐待とは? 2種類の虐待

高齢者虐待防止法において「高齢者虐待」は、「高齢者が他者からの不適切な扱いにより権利利益を侵害される状態や生命、健康、生活が損なわれるような状態に置かれること」で、「擁護者」によるもの、「養介護施設従事者等」によるもの、の大きく2つがあるとされています。

ここで言う「擁護者」とは、高齢者の世話をしているご家族・親族・同居人等の方々のこと、「養介護施設従事者等」とは、たとえば、老人福祉法に規定される有料老人ホームや老人居宅生活支援事業などの業務に従事される方、介護保険法に規定される介護老人福祉施設や居宅サービス事業などの業務に従事される方のことを指します。

(3) 虐待の種類

虐待の種類は、次のように整理、提示されています。

虐待の種類

参考:
電子政府の総合窓口 e-Gov
高齢者虐待防止法
http://elaws.e-gov.go.jp/search/elawsSearch/elaws_search/lsg0500/detail?lawId=417AC1000000124&openerCode=1

厚労省ホームページ
Ⅰ 高齢者虐待防止の基本
http://www.mhlw.go.jp/topics/kaigo/boushi/060424/dl/02.pdf

内閣府ホームページ
平成29年版高齢社会白書(全体版)(PDF版)
http://www8.cao.go.jp/kourei/whitepaper/w-2017/zenbun/29pdf_index.html

2. 高齢者への虐待の実際

認知症を含む高齢者への虐待の実態について、量的な面と、質的な面との2面からとらえる必要があるでしょう。ここでは、厚労省が公表している「平成27年度 高齢者虐待の防止、高齢者の養護者に対する支援等に関する法律に基づく対応状況等に関する調査結果」(http://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/0000155598.html)を中心に、その状況を確認していきます。

(1) 虐待の数

2015年度に虐待を受けた高齢者の数は17,201人。養護者によるものが16,423人、養介護施設従事者等によるものが778人となっています。

通報・相談件数と虐待と判断された件数を見ると、通報・相談の件数は、養護者による虐待が疑われたものが26,688件、養介護施設従事者等による虐待が疑われたものが1,640件、そのうち、虐待と判断された件数は、それぞれ15,976件と408件です。

虐待を受けた認知症の方を含む高齢者の人数と虐待と判断された件数に差異があるのは、1件の中で複数の高齢者の方が対象となっているものがあるからです。また、通報・相談がそのまま虐待として判断されるわけではないことが、通報・相談件数と虐待と判断された件数との関係からもわかります。

(2) 虐待の特徴

① 養介護施設従事者による虐待

1) 虐待の内容

「図-養介護施設従事者による高齢者への虐待の内容」
養介護施設従事者による高齢者への虐待の内容

虐待は、必ずしも一つの種類のもののみが行われるわけではありません。厚労省の調査でも、複数回答形式での調査となっていますが、それを前提でデータを見ていくと、養介護施設での虐待の内容については、身体的な虐待が6割と圧倒的な数になっています。

これは、身体的な虐待が他の虐待よりもその判断がしやすいという側面がありそうです。とはいえ、心理的虐待が3割、介護放棄・経済的虐待もそれぞれ1割程度見られるという事実に注目する必要もあるでしょう。

2) 虐待の特徴
認知症の方を含む高齢者に対する施設内での虐待は、閉ざされた環境で、大規模に行われる危険性があります。他者の目が届かないため、実態を把握することが難しいという点が大きな問題です。

また、利用したいサービスを提供する施設が少なく選択の余地がないといった場合には、ご本人やご家族の方が虐待を感じたり、発見した場合でも通報することをためらったりする場合もあるようです。

先に上げた虐待の種類で言えば、すべての種類の虐待が行われる可能性があると言えます。なお、施設内での介護や介助は、体に触る場合があります。特に異性による介護の場合、虐待とは言えないものの、ハラスメントつながる可能性があるという点でも注意が求められます。

② 家庭内虐待

1) 虐待の内容

「図-家庭内での高齢者への虐待の内容」
家庭内での高齢者への虐待の内容
家庭内での虐待の内容については、身体的な虐待が7割近くになっています。一方で心理的虐待が4割、介護放棄・経済的虐待もそれぞれ2割程度見られるという事実に注目する必要があるでしょう。さらに注目すべきは、上のグラフにある数字をすべて加えると148.9になること。つまり、虐待を受けた高齢者は、複数の虐待を受けているということがわかるのです。

また、虐待が疑われるケースの10%ほどは、命の危険に関わるものであると言われている点からも虐待というものの深刻度がわかるでしょう。

2) 虐待の特徴

「図-虐待を受けた高齢者と、非虐待者であるご家族との関係」
虐待を受けた高齢者と、非虐待者であるご家族との関係

認知症の方を含む高齢者に対する家庭での虐待は、「希薄な近隣関係」「介護者の社会からの孤立」「老老介護・単身介護の増加」「介護者のニーズに合わない介護施策」などの社会環境や、「介護疲れ」「生活苦」「長期にわたる介護ストレス」といった家庭・日常生活環境、「介護に関する知識不足」といった教育の問題、高齢者の「認知症による言動の混乱」「身体自立度の低さ」など、さまざまなことが原因となって起きていると考えられています。

一方で、高齢者への虐待は、虐待をしている側に「虐待をしている」という自覚あるとは限らないことがあるとも言われています。そこで、一つ注目すべきは、誰が虐待をする側になっているのかという視点で見ることです。

上のグラフからわかるとおり、息子からの虐待が最も多く、次いで、夫からの虐待が多いという結果になっています。

未婚男女の増加や子供と住居を別にする世帯の増加に伴い、介護の担い手が男性介護者であることも珍しくなくなってきていますが、それまで社会で仕事に注力してきた男性が、慣れない家事や介護の中で虐待の意識のないままに虐待をしてしまっているのではないかと見ることができるかもしれないということです。

参考:
平成27年度 高齢者虐待の防止、高齢者の養護者に対する支援等に関する法律に基づく対応状況等に関する調査結果
http://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/0000155598.html

内閣府ホームページ
平成29年版高齢社会白書(全体版)(PDF版)
http://www8.cao.go.jp/kourei/whitepaper/w-2017/zenbun/29pdf_index.html

3. 高齢者虐待防止法の特徴

このような状況の中で整備された障害者虐待防止法は、次のような特徴を持っています。

(1) 高齢者への虐待の早期発見・早期対応を主眼とした法律であること

虐待をした方を罰することに力点を置くというよりは、虐待を早期に発見し、必要な対策を取ることに主眼をおいた法律ということができます。

(2) 高齢者を養護する方の支援も施策の柱の一つとしていること

虐待は、虐待をしている方が虐待をしているという認識をしていないケースも多くあります。また、いわゆる介護疲労などが原因になっているケースも少なくないと考えられます。このため、認知症の方を含む高齢者への支援だけでなく、養護されている方の支援も施策として重視されています。

(3) 市町村が、虐待防止に向けた行政の中心であると位置づけられていること

高齢者虐待防止法では、各立場の機関・従事者などに、それぞれ役割が規定されていますが、その中心となるのは、市町村であるとされています。それぞれの責務・役割の主なものは、以下のように整理することができます。

① 国の主な責務・役割

虐待防止に向けた体制整備、その周知などの広報・啓発活動の推進
具体的には、事例の分析や成年後見制度の周知など

② 国民の責務・役割

虐待防止の理解、施策への協力

③ 保健・医療・福祉関係者の責務・役割

虐待の早期発見に努めること
具体的には、従事者への研修の実施、養介護施設の設置者・事業者の場合は虐待の防止のための措置を講じることなど

④ 市町村の責務・役割

虐待を受けた高齢者の迅速かつ適切な保護、養護者に対する適切な支援の実施
具体的には、虐待に関する相談の窓口となり、事実確認、虐待を受けた高齢者の保護・その家庭への支援等の必要な措置を行うこと、養介護施設従事者等による虐待の場合の都道府県への報告など

⑤ 都道府県の責務・役割

市町村との連携、市町村への必要な助言や援助、養介護施設従事者等による虐待の状況や対応措置等の公表など

参考:
電子政府の総合窓口 e-Gov
高齢者虐待防止法
http://elaws.e-gov.go.jp/search/elawsSearch/elaws_search/lsg0500/detail?lawId=417AC1000000124&openerCode=1

厚労省ホームページ
Ⅰ 高齢者虐待防止の基本
http://www.mhlw.go.jp/topics/kaigo/boushi/060424/dl/02.pdf
高齢者虐待の防止等に対する各主体の責務等
http://www.mhlw.go.jp/shingi/2006/08/dl/s0801-3k02.pdf

4. 高齢者への虐待の防止に向けて

認知症の方を含む高齢者への虐待をなくすために、私たちにできることは何でしょう? 大きくは以下の視点で考えていくことができるでしょう。

「図-高齢者への虐待防止に向けてできること」
高齢者への虐待防止に向けてできること
(1) 何が虐待なのか、を理解すること、理解しようと努めること

まずは、何が虐待なのか? を理解すること、理解しようと努めることでしょう。人権を守るということの基本は、自分が苦痛に感じることは他の人にとっても苦痛なことだと言い換えることができるかもしれません。これは当たり前のことのようですが、その十分な理解には配慮が必要な点があります。

先にも触れた通り、たとえば、体に触れるといったことは介護する側からすれば必要な行為です。しかし、異性による介護などは、虐待とまでは言えなくてもハラスメントとしてとらえられる可能性もあります。つまり、何が虐待に当たるのかという基本を押さえ、高齢者と接することが重要だということです。

(2) もしかしたら、と思ったら相談を

虐待を受けたと思われる高齢者を発見した場合、市町村に相談することも大切です。虐待を受けたと思われる高齢者や通報した方が、不利益な扱いを受けることがないよう法令にも定められていますし、法令に則った対応がはかられることにもなっています。 

市町村は相談・通報を受けると、事実確認を行い、虐待の事実があればその解消に向け、虐待を受けたご本人の意向を汲みながら、ご本人やご家族の方の生活の安定に向けたチーム支援を行うことになります。

先に見た通り、通報・相談件数に対して実際に虐待を受けたと判断された方の数は、養介護施設従事者等によるもので25%程度、擁護者によるもので6割程度です。通報・相談時点で虐待を認定するものではないのだという点は、十分理解しておくことが大切と言えるでしょう。

(3) みんなで高齢者を虐待から守る、そして、ご家族を中心とした周囲の方も支援する

虐待を受けている高齢者を守ることはもちろん重要です。しかし、特に家族の方による虐待の場合、そのご家族の方自身が支援を必要とされている場合が少なくありません。介護・介助による著しい疲労、経済状況、周囲の無理解などが、虐待の原因となっている可能性があるということです。

虐待を見かけたら通報・相談するということになると、告げ口をするように思われる方もいらっしゃるかもしれません。しかし、実際には、高齢者を虐待から守るだけでなく、そのご家族の方を守ることにつながる可能性もあるということです。

(4) ご家族の方は必要な支援を求める、制度を利用する

高齢者を支援される方は、福祉サービスを積極的に利用することも大切と言えるかもしれません。ショートステイなどを利用し、ご家族の方などがご自身のための時間を作ることも、介護ストレスの対策になりえると考えられます。

【関連記事】
超・超高齢社会 介護うつとそれが引き起こす問題
https://jlsa-net.jp/kn/koureikai-mondai/

参考:
厚労省ホームページ
Ⅰ 高齢者虐待防止の基本
http://www.mhlw.go.jp/topics/kaigo/boushi/060424/dl/02.pdf

東京都福祉保健局
第 4 章 高齢者虐待事例への対応の基本的な流れとポイント(事例対応マニュアル)
http://www.fukushihoken.metro.tokyo.jp/kourei/ninchi/taio_manual.files/06dai4syou.pdf
第3章 検討により整理された高齢者虐待対応のポイント
http://www.fukushihoken.metro.tokyo.jp/kourei/ninchi/gyakutaihoukokusyo.files/3syou.pdf
北海道庁ホームページ
高齢者虐待対応支援マニュアル
http://www.pref.hokkaido.lg.jp/hf/khf/homepage/07-/05-gyakutai-taioh-sien.htm
北海道高齢者相談総合センター
高齢者虐待について考えてみましょう
http://www.pref.hokkaido.lg.jp/hf/khf/grp/05/resource85.pdf

最後に

認知症の方を含む高齢者に対する虐待の防止を目的として、高齢者虐待防止法が施行されています。高齢者の人権を守るため、また、高齢者が社会で安心して自立した生活をおくれるようにするため、高齢者に対する虐待のない社会であることを求めるのは当然のこととも言えるでしょう。

しかし、法の施行から10年以上経っていますが、高齢化率の高まりも受け、高齢者への虐待は年々増加しているという現実があります。2015年度の1年間で、虐待を受けた高齢者の数は17,000人以上。表面上比較的わかりやすい身体的虐待以外に、身体拘束・性的虐待・放棄や放任・心理的虐待・経済的虐待があることもあり、氷山の一角に過ぎないという見方もあります。

高齢者への虐待防止には、何が虐待なのかという基本的な理解の上に、「虐待の疑いがあったら、お住まいの地域の市町村に相談する」ことを積極的に行うことが第一歩になるでしょう。特にご家族の方による虐待が疑われる場合は、そのご家族の方自身が支援を必要とされている可能性もあるからです。また、ご家族の方は、必要な支援を求める支援サービスを利用することも非常に重要なことだと考えられます。

なお、この記事に関連するおススメのサイトは下記の通りとなります。参考までご確認ください。

参考:
電子政府の総合窓口 e-Gov
高齢者虐待防止法
http://elaws.e-gov.go.jp/search/elawsSearch/elaws_search/lsg0500/detail?lawId=417AC1000000124&openerCode=1

厚労省ホームページ
Ⅰ 高齢者虐待防止の基本
http://www.mhlw.go.jp/topics/kaigo/boushi/060424/dl/02.pdf
高齢者虐待の防止等に対する各主体の責務等
http://www.mhlw.go.jp/shingi/2006/08/dl/s0801-3k02.pdf
平成27年度 高齢者虐待の防止、高齢者の養護者に対する支援等に関する法律に基づく対応状況等に関する調査結果
http://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/0000155598.html

内閣府ホームページ
平成29年版高齢社会白書(全体版)(PDF版)
http://www8.cao.go.jp/kourei/whitepaper/w-2017/zenbun/29pdf_index.html

東京都福祉保健局
第 4 章 高齢者虐待事例への対応の基本的な流れとポイント(事例対応マニュアル)
http://www.fukushihoken.metro.tokyo.jp/kourei/ninchi/taio_manual.files/06dai4syou.pdf
第3章 検討により整理された高齢者虐待対応のポイント
http://www.fukushihoken.metro.tokyo.jp/kourei/ninchi/gyakutaihoukokusyo.files/3syou.pdf

北海道庁ホームページ
高齢者虐待対応支援マニュアル
http://www.pref.hokkaido.lg.jp/hf/khf/homepage/07-/05-gyakutai-taioh-sien.htm
北海道高齢者相談総合センター
高齢者虐待について考えてみましょう
http://www.pref.hokkaido.lg.jp/hf/khf/grp/05/resource85.pdf

金森 保智

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全国地域生活支援機構が発行する電子福祉マガジンの記者として活動。 知的読書サロンを運営。https://chitekidokusalo.jimdo.com/

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