虫歯など歯の病気から精神障害の可能性を考える
はじめに
虫歯など歯の病気から精神障害の可能性を考えてみます。精神疾患・精神障害には、さまざまなタイプのものがあります。最近では、WHOがゲーム障害を精神障害の1つとして正式に認定したように、社会の変化が新たな精神疾患・精神障害を生んでいる部分もあると言えるのでしょう。
一方で、これらの精神疾患・精神障害を改めてとらえると、予防できる面があることもまた事実でしょうし、早く気づけば気づくほど、精神疾患・精神障害の状態にまで至らせない、あるいは、軽度の段階で治療できる可能性も高まります。
ここでは、虫歯など歯の病気から精神障害の可能性を考えます。その予兆としての「虫歯」などの「歯の病気」を取り上げ、その特徴から、疾患・障害として疑うことのできる精神疾患・精神障害を考えていきます。
1. 歯の健康 ~ 健康21と歯の健康
2. 虫歯など、歯の病気のメカニズムから考える精神疾患・精神障害の可能性
3. 虫歯など、歯の病気から疑える精神障害 ~ アルコール依存症
4. 虫歯の有無から疑える精神障害 ~ 摂食障害
最後に
1. 歯の健康 ~ 健康21と歯の健康
健康日本21とは、「がん、心臓病、脳卒中、糖尿病などの生活習慣病を予防するための行動を国民に促すことにより、壮年期での死亡を減らし、介護なしで生活できる健康寿命を延ばすことを目標とした健康づくり運動」のことを言います。
厚労省はこれを、「新世紀の道標となる健康施策、すなわち、21世紀において日本に住む一人ひとりの健康を実現するための、新しい考え方による国民健康づくり運動である。」と定義づけています。
健康日本21では、その目標の達成に向けて、以下の9つの分野について、具体的な数値目標が掲げられています。
栄養・食生活、身体活動と運動、休養・こころの健康づくり、たばこ、アルコール、糖尿病、循環器病、がん、歯の健康
つまり、「歯の健康」は、若くして亡くなることを予防し、また、介護なしで生活できる健康寿命を延ばすために、対策が必要な1つの分野として位置づけられているということになります。
参考:
厚労省
歯の健康
https://www.mhlw.go.jp/www1/topics/kenko21_11/b6.html#A61
2. 虫歯など、歯の病気のメカニズムから考える精神疾患・精神障害の可能性
「図-虫歯の原因」
虫歯は医学的には「齲蝕(うしょく)」と呼ばれます。口の中、実際には歯の表面に付着する「プラーク」の中には、多くの虫歯菌がいます。この虫歯菌が酸を出し、歯を溶かすことで起きるのが虫歯です。
虫歯の要因は、医学的には3つの要因にまとめることができるのですが、一般的にとらえると、次の4つの要因に分解した方がわかりやすい面があるかもしれません。
虫歯菌は、力の強い菌、つまり、酸を出す力の強い菌と、それほど強くない菌とがいます。虫歯菌は砂糖などの糖質結びつくとグルカンという物質をつくります。力の強い菌の場合、それが歯に強固に付着することで酸を作り出し、虫歯にするのです。
つまり、口の中で酸がつくられ、歯を溶かすことで虫歯になるということになります。
なお、虫歯菌は、殺菌作用のある唾液が不足していると住みつきやすくなります。特に高齢の方などは、複数の種類の薬を服用している結果、その副作用で口の中が渇くことが少ないとされていることから、虫歯になりやすい面がある、と考えられています。
歯そのものの強さも、虫歯になりやすさに影響します。歯の質が弱い他に、歯並びが悪い、噛み合わせがうまく合っていない場合にも、虫歯になりやすくなります。
砂糖などの糖質は、歯に付着しやすい性質があります。このため、多く摂取すると、虫歯菌が酸をつくりやすくなります。
プラークが歯に付着している時間が長い、ということは、虫歯菌が酸を作る時間が長くなるということ。酸が虫歯にするのですから、虫歯になりやすくなるのです。
このように見ると、虫歯の予防法も見えてきます。それぞれの要因に合わせて、「フッ化物の歯面塗布」「歯みがきの励行」「糖分を含む食品の摂取頻度の制限」「あまりに長い食事時間の防止、食後歯みがきするまでの時間の短縮」が予防には有効ということが言えるわけです。
ここで1つ目の「フッ化物の歯面塗布」について補足します。フッ素は、特にエナメル質の酸への抵抗を高めて、虫歯をできにくくする効果があると言われています。よって、虫歯予防には、フッ素入りの歯磨き剤の使用や、定期的に歯科医院でのフッ素塗布、フッ素入りのうがい薬の利用が効果的と考えられるのです。
「図-酸蝕症の原因」
酸蝕症は、2014年に15~89歳の男女1108人を対象に実施した調査によると、4人に1人が酸蝕症だったというほど、その数も非常に多い可能性があると考えられています。そのため、虫歯、歯周病に次ぐ第3の歯の疾患とも言われ、近年問題になっています。
体内の虫歯菌によって酸がつくられ、その酸が歯を溶かすのが虫歯であるのに対して、酸蝕症は、歯が食べ物や飲み物、胃液によって溶かされる病気のことを言い、同じ歯が溶けるのでも、そもそもの原因が異なります。
ただ、酸蝕症になると虫歯になりやすくなる面もあり、酸蝕症と虫歯は、密接な関係のある歯の病気と言うこともできるのかもしれません。
酸蝕症は、食べ物や飲み物、胃液が原因となる病気ですが、特に気をつけたいと指摘されているものに、「炭酸飲料」、「スポーツ飲料」、黒酢などの「お酢系飲料」、「柑橘類の果実」などが上げられています。
ここまで見てきた虫歯や酸蝕症の要因から、「精神障害の可能性を疑う」きっかけにできることが示唆されます。つまり、歯に病気が多い場合、4つの要因との関わりが深い「精神障害」の可能性を検討できるのです。
では、この4つの虫歯の要因と関わりの深い「精神障害」には、どのようなものがあるのでしょう?
参考:
厚労省 eヘルスネット
う蝕(うしょく)
https://www.e-healthnet.mhlw.go.jp/information/dictionary/alcohol/ya-001.html
J-STAGE
酸蝕症の病態と臨床対応
https://www.jstage.jst.go.jp/article/ajps/7/2/7_142/_pdf/-char/en
東京医科歯科大学
子供の生活習慣と虫歯の関連
http://www.tmd.ac.jp/med/mtec/wakamatsu/research/kenkoukagaku/research/ha6.pdf
一般社団法人愛知県薬剤師会
19.う蝕(虫歯)
https://www.apha.jp/medicine_room/entry-3726.html
とりい歯科医院
酸蝕症
http://www.torii-shika.com/useful_sansyoku.html
3. 虫歯など、歯の病気から疑える精神障害 ~ アルコール依存症
「図-アルコール依存症が及ぼす歯への影響」
まず初めに検討できるのは、アルコール依存症です。
アルコール依存症とは、端的に言うなら、「大切にしていた家族、仕事、趣味などよりも飲酒をはるかに優先させる状態」のことを言います。
お酒を飲む量・タイミング・飲む状況を自分ではコントロールできなくなっているために、「飲むのは良くない」とわかっていても、脳に異常が起きているために飲まずにいられない状態になっていることを言いますのです。
アルコール依存症は飲んだその日に発症することはありませんが、習慣的に飲酒しているうちに、いつしか進行していく疾患です。
そして、アルコール依存症は、実は誰もがなりえる精神障害です。その患者数は現在日本国内で80万人以上と言われていますが、その予備軍も含めると約440万人にもなると推定されています。
アルコールは、適量をほどほどに楽しんでいる限りにおいては、口の中の環境やその機能に影響を与えることは少ないと言われています。
とはいえ、アルコールには利尿作用があるため、まず、体の水分量が不足していきますが、同じことは口の中でも起きています。これが、お酒を飲みすぎると喉が異常に乾く原因です。また、飲みすぎによる胃酸の逆流などによって、口内環境が悪化します。
もちろん、たまの飲みすぎくらいで歯に深刻な影響を与えるようなことはないとされていますが、それが慢性的な状態となれば、影響が出てくるわけです。その最たるものが、過剰なアルコール摂取が続きアルコール依存症に陥ってしまうような場合です。
アルコール依存症では、飲酒のコントロールができなくなって通常の生活・食生活が崩壊し、お酒中心の生活となっています。
次第に病状が悪化すると食事も摂らない状態に。食事量が減少することで咀嚼回数が減ってしまい、唾液の分泌量の低下・質の変化が起き、唾液で口の中をキレイにする自浄作用も低下、水分も十分に補給されないために乾燥が進むことで口腔環境が悪化してしまうのです。
つまり、身体機能が低下し衰弱してしていく過程の中で、虫歯やなどの歯の病気を発症しやすくなるということです。
よって、アルコールがお好きな方で、虫歯や酸蝕症、歯周炎などの歯の病気が進んでいるような場合、アルコール依存症である可能性を検討できるということになります。
参考:
厚労省 eヘルスネット
アルコールと歯科疾患
https://www.e-healthnet.mhlw.go.jp/information/alcohol/a-01-009.html
4. 虫歯の有無から疑える精神障害 ~ 摂食障害
「図-摂食障害が及ぼす歯への影響」
次に検討できる精神障害は、摂食障害です。摂食障害には大きく次の2つの種類があります。
拒食症とは、ひと言でまとめるなら、食事をほとんど摂らなくなる精神障害です。
拒食症は、神経性無食欲症、神経性食思不振症、思春期やせ症などに分類されますが、いずれも体重が増加することや体型に強いこだわりが認められ、体重が増加することを防ぐための食事量の制限、嘔吐や下剤の乱用といった行動がみられるとされています。
1998年に実施された医療施設を対象にした調査によれば、拒食症の患者数は12,500人と推定されています。つまり、1万人あたり1人が拒食症だと推定されるということです。
1990年代の後半5年間だけで4倍に急増していることなどを含め、さらに多くの方が拒食症である可能性があり、また、年齢層別では、10代の方が多いとされています。
過食症とは、大量に食事を摂取してしまう精神障害です。
過食症のうち、「神経性過食症・神経性大食症」とは、明らかに普通よりも多い量を一定時間内に食べてしまうという「むちゃ食い」をくり返しながら、その一方で体重増加を防ぐために絶食や食事制限をしたり、自ら嘔吐したり、下剤を乱用したりといった代償行為を伴うもので、かつ、痩せることには至っていないものを言います。
また、過食症には他にも「過食性障害」というものもあります。こちらは「神経性過食症・神経性大食症」とは異なり、体重増加を防ぐことを目的とした代償行為を伴わないもの。肥満などの標準体重を過度に上回る体重が見られる場合が多いことがわかっています。
なお、1998年に実施された医療施設を対象にした調査によれば、過食症の患者数は6,500人と推定されています。1990年代の後半5年間だけで5倍近くに急増していること、医療機関で受診されていない方がいらっしゃることなどを含めて考えると、さらに多くの方が過食症である可能性があると考えられています。
また、同じ調査からは、年齢層別では20代の方に多いこともわかっています。
拒食症や過食症といった摂食障害が、ナゼ歯の病気と関係があるのでしょう?
一つは、胃酸により歯が溶けるというもの。
既に見た通り、摂食障害では、大量に食べては嘔吐をくり返す方も多く、結果、吐く時に出る胃酸で歯の表面のエナメル質が溶けてしまうことになるわけです。
もう一つは、また、拒食症の方の場合でも、カロリーを補おうとガムやアメを一日中口に含んでいたり、水分補給時に肌荒れ対策なども含めたからだへのダメージに対応しようと黒酢などの「お酢系飲料」、「柑橘類の果実」を摂取したり、といった行動ととりがちで、その結果、酸蝕症と虫歯が同時に起きやすくなるのです。
実際摂食障害の方は、一般の方に比べ同じ年代の方よりも虫歯の数が多かったり、失っている歯の数が多かったりするといった調査結果もあります。
このような理由から、特に10代、20代の方などで歯の病気が多いような場合、摂食障害の可能性を疑うきっかけにできるのです。
なお、「もしかしたら摂食障害では?」と感じることがあれば、もう1つ、見ておきたいポイントがあります。それは、手に「吐きダコ」があるか、という点。「吐きダコ」とは、指を口に入れる行為によって、自ら嘔吐をくり返すことが原因でできる、指の関節や手の甲にできるタコのこと。
特に拒食症や過食症では、よく見られるものとされていますので、覚えておくと良いのではないでしょうか。
嘔吐をくり返すようなことは、当然避けるべきこと。しかし、摂食障害の場合、「どうしてもその衝動から逃れられない」状態であるのも事実です。もし嘔吐をするようなことがあった場合、以下のような対応が、酸蝕症や虫歯の進行を抑制するとされています。
① 嘔吐後は酸を含まない洗浄液で口をすすぐ。吐直後に歯磨きはしない。
② 嘔吐後1時間以上たってから、フッ素を含み、知覚過敏を和らげる歯磨き粉で歯と歯肉をブラッシングする
なお、日ごろの歯の健康ケアとしては、「1日2~3回の2~3回歯と歯肉をブラッシング」、「炭酸飲料、スポーツ飲料、お酢系飲料、柑橘類の果実といった酸性の飲み物を減らす」、「砂糖の過剰摂取を避ける」「砂糖を含まないガムをかむ」、「だらだら食いを避ける」、「間食をなるべく避ける」といった対応が考えられるようです。
参考:
J-STAGE
酸蝕症の病態と臨床対応
https://www.jstage.jst.go.jp/article/ajps/7/2/7_142/_pdf/-char/en
摂食障害情報ポータルサイト
摂食障害と歯
http://www.edportal.jp/sp/topics_04.html
最後に
歯の健康は、壮年期での死亡を減らし、介護なしで生活できる健康寿命を延ばすために重要な要素のひとつと考えられていますが、実は、アルコール依存症や摂食障害を疑うきっかけにできる可能性もあります。いずれの精神障害も予防が可能と考えられる一方で、きっかけさえあれば、誰もがなりえる精神障害でもあります。
その予兆に気づく、あるいは、早期に発見すれば、発症を抑制したり、治療効果を高められたりすることも可能。そのための視点のひとつとしても、歯の健康に着目することは非常に大切と言えるのではないでしょうか。
なお、この記事に関連するおススメのサイトは下記の通りとなります。参考までご確認ください。
参考:
厚労省
歯の健康
https://www.mhlw.go.jp/www1/topics/kenko21_11/b6.html#A61
厚労省 eヘルスネット
う蝕(うしょく)
アルコールと歯科疾患
https://www.e-healthnet.mhlw.go.jp/information/alcohol/a-01-009.html
J-STAGE
酸蝕症の病態と臨床対応
https://www.jstage.jst.go.jp/article/ajps/7/2/7_142/_pdf/-char/en
摂食障害情報ポータルサイト
摂食障害と歯
http://www.edportal.jp/sp/topics_04.html
東京医科歯科大学
子供の生活習慣と虫歯の関連
http://www.tmd.ac.jp/med/mtec/wakamatsu/research/kenkoukagaku/research/ha6.pdf
一般社団法人愛知県薬剤師会
19.う蝕(虫歯)
https://www.apha.jp/medicine_room/entry-3726.html
とりい歯科医院
酸蝕症
http://www.torii-shika.com/useful_sansyoku.html
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