若年性認知症と就労支援
はじめに
「若年性認知症と就労支援」について。若年性認知症を発症した時に問題になることの一つに就労支援があります。ここでは、若年性認知症を発症した場合の就労継続状況の実態を確認しつつ、就労し続けることの意味、また、就労を継続するためにご本人やご家族に必要となることなどを中心にまとめています。
1. 若年性認知症と就労の現実
「図-若年性認知症と就労」
若年性認知症とは、18歳以上65歳未満で発症する認知症のことを言います。つまり、現役世代の方が認知症を発症した場合に若年性認知症と表現するということです。
若年性認知症を患う方は、厚労省の2009年の調査で4万人近くいらっしゃることがわかっていますが、その後増加している可能性が否定できません。
若年性認知症を患う方の就労状況に関して、全国規模で行われた調査はないようですが、都道府県等が実施したもの、大規模事業所に実施したもの、認知症専門医に実施したものがあります。
都道府県等が実施した調査結果をまとめると、退職者が8~9割を占めています。さらに休職されている方もいらっしゃることから、就労を継続されている方は数%から多くても1割程度となっています。このような傾向は、他の調査でも同様であることがわかっていると同時に、年月を重ねるほど、退職される方が増えるという傾向があることもわかっています。
認知症は、「正常に発達した知的機能が脳の神経細胞の障害により持続的に低下し、記憶障害などの認知機能障害により、日常生活や社会生活に支障をきたすようになった状態」と定義されています。つまり、この認知機能の低下が、就労継続という点で大きな問題になるということです。
なお、認知症に見られる認知機能の低下には、次のようなものが上げられます。
1) 記憶障害
自分が体験した過去の出来事に関する記憶が抜け落ちてしまう障害のことです。認知症の場合、最近のことから忘れていくという特徴があります。
2) 理解・判断力障害
日常生活の些細なことでも判断することができなくなる障害です。たとえばある物を作るとき、どの材料を使えば作れるかといったことの判断できなくなるという特徴があります。
3) 実行機能障害
ある目標に向かって、計画を立てて順序よく物事をおこなうことができなくなる障害です。計画的に作業ができなくなったり、パソコン利用時のIDやパスワードがわからなくなったりするというような特徴があります。
4) 見当識障害
時間・場所・人物や周囲の状況を正しく認識できなくなる障害です。今日の日付や曜日、今自分がいる場所や、家族も含めた他者と自分との関係などがわからなくなるというような特徴があります。
中核症状以外には、次のような行動・心理面での症状が見られる場合があります。ただし、あくまで見られる場合があるということであり、必ず見られるというわけではありません。
妄想:物を盗まれたなど、事実でないことを思い込むなど
幻覚:見えないものが見える、聞こえないものが聞こえるなど
せん妄:落ち着きなく家の中をうろうろする、独り言をつぶやくなど
徘徊:外に出て行き戻れなくなる、自分がどこにいるのかわからなくなるなど
抑うつ:気分の落ち込み、無気力になるなど
人格変化:性格が変わる、たとえば穏やかだった人が短気になるなど
暴力行為:自分の気持ちをうまく伝えられない、感情をコントロールできずに暴力をふるうなど
不潔行為:入力を嫌がる・風呂に入らない、排泄物をもてあそぶなど
いずれにしても若年性認知症は、発症年齢が働き盛りということで、認知症に見られる症状の影響がご本人の就労の継続という点で、また、生活を営む上での収入という面を含むご家族の生活という点で、非常に大きいと言えるのです。
上記のような認知症の症状は、就労にあたって次のような困りごとを生む原因となっています。
記憶力、判断力、計算能力などの知的能力の低下により、職務遂行上の問題が生じやすくなります。仕事内容のフォロー、ミスのチェック等の配慮により、「能力低下」を補う手段が必要になる場合が多いということです。
就労にあたっては、ある程度のストレスは避けることができません。また、仕事の性質上、特別にストレスの大きな仕事もあります。認知機能検査ではそれほど低下のない軽度認知障害であっても、過大なストレスには耐性がないと言われています。
若年性認知症を患う方は、人間関係を上手にこなして行く能力である「社会的認知能力」の低下が見られます。このため、周囲の方とうまくやっていくことが難しくなってしまい、結果、仕事に行き詰まったり、職場での支援が得られにくくなったりする場合があると言えます。
認知症はしっかりと療養をすれば、その進行を遅らせることができると言われています。一方就労するということは、生活の中心が就労になるケースも多いでしょう。つまり、療養と就労とのバランスを保つことが重要になるのですが、どうしても療養面が疎かになりがちだと言われています。その結果、認知症の症状が進行してしまうケースが出てくると考えられます。
参考:
厚労省
若年性認知症ハンドブック
https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-12300000-Roukenkyoku/handbook.pdf
東京都福祉保健局
若年性認知症ハンドブック
http://www.fukushihoken.metro.tokyo.jp/zaishien/ninchishou_navi/torikumi/manual_text/jakunen_handbook/pdf/jakunen_handbook.pdf
独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構 障害者職業総合センター研究部門
若年性認知症を発症した人のための就労継続のために
http://www.nivr.jeed.or.jp/download/kyouzai/kyouzai50.pdf
若年性認知症の就労継続に関する研究
http://www.nivr.jeed.or.jp/download/houkoku/houkoku96_summary.pdf
全国若年認知症家族会・支援者連絡協議会
若年性認知症の人と家族の支援ガイドブック
http://www.zyakunen-ninchi.com/zyakunenninchiguidbook.pdf
2. 若年性認知症でも就労継続につながった例の共通点
「図-就労継続にあたって重要になる視点」
では、どのようにしたら、就労継続につながるのでしょう? 以下にその具体的なポイント見ていきます。
その数は少ないながらも就労継続につながっているケースもあります。就労継続につながった事例で共通するのは、まずは就労継続の目的を何とするかという点です。
就労することの目的の一つは経済的な面でしょう。しかし、経済的な面は社会福祉制度の利用などにより、一定程度保障される面もあります。よって経済的な面からのみ就労をとらえれば、生活を切り詰めるなどにより、退職を選択することができるかもしれません。
一方で、社会とのつながりを維持するということも、就労継続という点では考えたい視点です。社会とのつながりの維持に重きを置くのであれば、ポジションが変わっても、また、それにより収入が減ることになっても、ご本人も受け入れられる可能性が高まります。これは雇用する側にとっても同様と言えます。
その他にも、持てる能力を発揮したい、少しでも社会に貢献したいなど、就労の目的はさまざま考えられるのではないでしょうか。この点は、ご本人の症状とも相談しながら、しっかりと検討したい点と言えるのです。
先に見たような認知機能の低下は、いわゆる高度な職務の継続を難しくします。一方で、持てる能力を発揮することは可能です。つまり、それ以前と同じ仕事を同様に行うことはできなくても、他の仕事であればできるものもあると考えられるわけです。
また、持てる能力を発揮し続けること自体が、認知症の症状の進行を抑制する効果も期待されます。「今、できることは何か」を冷静に見極めること、そして、それを大切にすることも重要だと言えるでしょう。
具体的な就労継続のケースとしては、次のようなものがあります。ご本人にとっては非常に苦しいことであることは想像に難くないのですが、ある意味では「新たな自分と出会うことが重要になる」と言えるのではないでしょうか。
① 仕事の軽減・配置転換、職場の見守りを受けながら、就労を継続するというケース
② 短時間勤務に変更し、就労を継続するというケース
③ 「自分に何ができるか」を整理し、それまでとは異なる職場に就労するというケース
④ 認知症の症状の進行を遅らせ、就労を継続するというケース
参考:
厚労省
若年性認知症ハンドブック
https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-12300000-Roukenkyoku/handbook.pdf
東京都福祉保健局
若年性認知症ハンドブック
http://www.fukushihoken.metro.tokyo.jp/zaishien/ninchishou_navi/torikumi/manual_text/jakunen_handbook/pdf/jakunen_handbook.pdf
独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構 障害者職業総合センター研究部門
若年性認知症を発症した人のための就労継続のために
http://www.nivr.jeed.or.jp/download/kyouzai/kyouzai50.pdf
若年性認知症の就労継続に関する研究
http://www.nivr.jeed.or.jp/download/houkoku/houkoku96_summary.pdf
全国若年認知症家族会・支援者連絡協議会
若年性認知症の人と家族の支援ガイドブック
http://www.zyakunen-ninchi.com/zyakunenninchiguidbook.pdf
3. 若年性認知症から就労継続にあたって利用可能な制度
「図-就労継続にあたって利用可能な社会保障制度」
若年性認知症も含む認知症は、進行性であることが大きな一つの特徴であり、問題でもあります。一方で、その進行段階によって、利用できる社会福祉制度が整備されている面もあります。以下、就労時から利用可能な制度と退職後に利用できる制度とに分けて、その一部をご紹介します。
なお、これらの制度は、ご本人の状況により、利用できるもの、できないものがあります。また、制度の利用にあたっては、それぞれ申請が必要になります。いずれか一つに申請すれば、他のサービスも受けられるという種類のものではない点には注意が必要です。
1) 障害福祉サービス
精神障害者保健福祉手帳
2) 医療費助成
自立支援医療、高額療養費
3) 税の控除
税金控除
4) 経済的支援
傷病手当金、障害年金
1) 障害福祉サービス
障害者総合支援法に基づく障害福祉サービス
2) 介護サービス
介護保険制度、高額介護サービス費
3) 医療費助成
高額医療・高額介護合算療養費制度
4) 経済的支援
失業手当等の雇用保険制度、特別障害者手当
5) 日常生活支援
日常生活自立支援事業、成年後見制度
就労継続に大切になることは複数あります。たとえば、職場の支援を得ることも大切になるでしょう。また、ご家族が支援することも重要です。しかし、もっとも重要なことは、認知症の症状を進行させない、あるいは、進行を遅らせることでしょう。
若年性認知症、特にアルツハイマー型認知症に伴う症状の進行を防ぐには、認知症の予防においてその有効性が実証されているものが参考にできると考えられています。専門医の指示に従って治療を行うことはもちろん、次のような点に留意した生活の見直しが大切になるということです。
まずは食事です。魚を多く摂ると、アルツハイマー型認知症の予防になるという研究結果があります。これは、魚に含まれる不飽和脂肪酸という脂質が、体の健康にも認知機能にも良い効果があるからです。不飽和脂肪酸は、血栓予防・抗炎症作用・降圧作用など多くの効果があることがわかっています。
また、ビタミンE・ビタミンC、βカロチンなどの抗酸化物質は、体が酸化することを抑制する効果が高いと言われています。他にも、パンや白米、うどんといったグルテンの多い食品は少なめにすることが重要とする説もあります。
いずれにしても、何かに偏った食事ではなく、バランスよく食べつつ、場合によってはサプリメントなどで栄養素を補うということも重要になると考えられます。
「中年期に体をよく動かすとアルツハイマー病に防御的に働き、結果、アルツハイマー型認知症になることを予防する」というような研究結果が多く報告されています。
他にも、「体を動かさないことが、アルツハイマー型認知症の危険因子になる」という研究もあります。よって、身体を活発に動かすことが非常に重要になると考えられるのです。
「脳に良いこととは、心臓に良いこと」とも言われています。つまり、脳の状態を良好に保つには、心臓に良いことをすれば良いということになります。
心臓に良いこととして真っ先に頭に浮かぶものに「呼吸」があげられるでしょう。体の各臓器が正常に活動するには酸素が必要だからであり、中でも脳は、他の臓器の10倍もの酸素を消費すると言われています。つまり、しっかりとした呼吸により脳に十分な酸素を送り込むことが重要だと考えられるのです。
ただ、「呼吸」というと、体内に酸素を取り入れるという意味で「吸うこと」に意識がいきがちですが、重要なのは「息を吐くこと」です。息を吐き切れば自然に息は吸えるからです。つまり十分に、ゆっくりと息を「吐くこと」を中心に呼吸をすれば、酸素を十分に、また、少ない負担で体内に取り入れられると考えられるのです。
脳を使うことも有効と考えられています。脳には「サボるクセ」があると言われています。つまり、使わないとその機能を不要なものとするようなクセがあるようなのです。ということは、脳を刺激することが認知機能の衰えを防ぐ非常に有効な手段であると考えられるわけです。
たとえば、簡単な計算ドリルや記憶ゲーム、楽器の演奏や歌を歌うといったことも、脳を刺激するために有効な方法とされています。
参考:
厚労省
認知症対策
http://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/hukushi_kaigo/kaigo_koureisha/ninchi/index.html
認知症施策の現状について
http://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-12601000-Seisakutoukatsukan-Sanjikanshitsu_Shakaihoshoutantou/0000065682.pdf
若年性認知症の実態等に関する調査結果の概要及び厚生労働省の若年性認知症対策について
http://www.mhlw.go.jp/houdou/2009/03/h0319-2.html
みんなのメンタルヘルス ホームページ
http://www.mhlw.go.jp/kokoro/
独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構 障害者職業総合センター研究部門
若年性認知症を発症した人のための就労継続のために
http://www.nivr.jeed.or.jp/download/kyouzai/kyouzai50.pdf
若年性認知症の就労継続に関する研究
http://www.nivr.jeed.or.jp/download/houkoku/houkoku96_summary.pdf
日本脳神経学会 ホームページ
ガイドライン
http://www.neurology-jp.org/guidelinem/nintisyo.html
日本認知症学会 ホームページ
http://dementia.umin.jp/index.html
公益財団法人 日本看護協会 ホームページ
認知症ケアガイドブック
http://www.nurse.or.jp/nursing/practice/ninchisyo/index.html
国立研究開発法人科学技術振興機構 J-STAGE
軽度認知障害(MCI)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/ninchishinkeikagaku/11/3+4/11_3+4_252/_pdf
最後に
若年性認知症を患う方は2009年の厚労省の調査の段階で既に4万人弱と推定されており、その後の動向を考えると、さらに増加している可能性が指摘されています。このとき大きな問題になっているのが就労です。実際に若年性認知症を患う方の多くが退職しているという現実があります。
しかし、就労には経済的な面での役割もありますが、社会との接点としての役割など、他の役割があることも見逃せない事実です。若年性認知症を発症しても、就労し続けられる環境を整備していくことは、社会の大きな課題と言えます。
一方で、若年性認知症を発症された方にもできることはあるはず。その一つは、今できることをやること、そして、認知症の進行を遅らせるような習慣を獲得することです。そして、できることを中心に、どうやって社会で活躍したいのかを考えることが、非常に重要になるということです。
なお、この記事に関連するおススメのサイトは下記の通りとなります。参考までご確認ください。
参考:
厚労省
若年性認知症ハンドブック
https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-12300000-Roukenkyoku/handbook.pdf
認知症対策
http://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/hukushi_kaigo/kaigo_koureisha/ninchi/index.html
認知症施策の現状について
http://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-12601000-Seisakutoukatsukan-Sanjikanshitsu_Shakaihoshoutantou/0000065682.pdf
若年性認知症の実態等に関する調査結果の概要及び厚生労働省の若年性認知症対策について
http://www.mhlw.go.jp/houdou/2009/03/h0319-2.html
みんなのメンタルヘルス ホームページ
http://www.mhlw.go.jp/kokoro/
独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構 障害者職業総合センター研究部門
若年性認知症を発症した人のための就労継続のために
http://www.nivr.jeed.or.jp/download/kyouzai/kyouzai50.pdf
若年性認知症の就労継続に関する研究
http://www.nivr.jeed.or.jp/download/houkoku/houkoku96_summary.pdf
東京都福祉保健局
若年性認知症ハンドブック
http://www.fukushihoken.metro.tokyo.jp/zaishien/ninchishou_navi/torikumi/manual_text/jakunen_handbook/pdf/jakunen_handbook.pdf
全国若年認知症家族会・支援者連絡協議会
若年性認知症の人と家族の支援ガイドブック
http://www.zyakunen-ninchi.com/zyakunenninchiguidbook.pdf
日本脳神経学会 ホームページ
ガイドライン
http://www.neurology-jp.org/guidelinem/nintisyo.html
日本認知症学会 ホームページ
http://dementia.umin.jp/index.html
公益財団法人 日本看護協会 ホームページ
認知症ケアガイドブック
http://www.nurse.or.jp/nursing/practice/ninchisyo/index.html
国立研究開発法人科学技術振興機構 J-STAGE
軽度認知障害(MCI)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/ninchishinkeikagaku/11/3+4/11_3+4_252/_pdf
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