ユマニチュードは、魔法の認知症ケア?!
はじめに
認知症ケアは、さまざまな実践的なノウハウが積みあがってきています。そのうち、フランス生まれのユマニチュードは、その効果が高いものとして日本でも導入されてきています。ここでは、魔法の認知症ケアとも呼ばれるユマニチュードについて、ユマニチュードとは何か、その特徴などを中心にまとめています。
1. フランス発の認知症ケア「ユマニチュード」
ユマニチュードは、フランス人のイヴ・ジネストとロゼット・マレスコッティの2人によって、1979年に開発された「認知症ケアの哲学であり技法」です。
知覚・感情・言語による包括的コミュニケーションに基づく「人とは何か」、「ケアする人とは何か」を問う哲学と、それに基づく150を超える実践技術から成り立っています。
体育学の専門家として、「生きている者は動く.動くものは生きる」という文化と思想を持つ開発者のお二人は、病院や施設で寝たきりの人々へのケアの改革に取り組み、 「人間は死ぬまで立って生きることができる」ことを提唱し、その経験から技法として開発されていったという背景を持ちます。
日本への導入は、2012年に国立病院機構東京医療センターに開発者のお二人が訪問、患者へのケアを行ったのが最初と言われています。
ユマニチュードが注目を集めたのは、その効果です。ユマニチュードに基づくケアの実践により、向精神薬使用4割減、急性期病院搬送6割減を実現したとのこと。このことがユマニチュード が「魔法の認知症ケア」とも呼ばれる理由にもなっています。
開発者のお二人は、ユマニチュードを以下のように定義しています。
「様々な機能が低下して他者に依存しなければならない状況になったとしても、最期の日まで尊厳をもって暮らし、生涯を通じて『人間らしい』存在であり続けることを支えるために、ケアを行う人がケア対象者に『あなたのことを私は大切に思っています』というメッセージを常に発信する―つまりその人の『人間らしさを尊重し続ける状況』こそがユマニチュードの状態である」。
このような定義であることが、ユマニチュード が技法でありつつも、哲学と言われるゆえんです。
「図-ユマニチュードを理解するための考え方、とらえ方」
ユマニチュードの「哲学的な側面」を理解するキーワードとして、「人間としての第三の誕生」というキーワードがあります。ユマニチュードにおいて「誕生」とは、以下の3つのことを示しています。
生物学的な誕生、つまり、この世に生まれてくることを言います。
周囲から多くの視線、言葉、接触を受け、二本足で立つことで人としての尊厳を獲得し、自分が人間的存在であることを認識できるようになることです。
認知症などにより、第二の誕生で見られたような「周囲から多くの視線、言葉、接触」を受けられず、また、「二本足で立つことができなくなった」結果、「人としての尊厳を保つことが難しくなった」とき、「それを回復すること」を「第三の誕生」と表現されます。
つまり、人間としての尊厳の回復こそが、第三の誕生だということです。
【関連記事】
認知症とは? 認知症の種類や症状
https://jlsa-net.jp/kn/ninchi/
参考:
J-STAGE
ユマニチュードを学ぶ
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjpm/57/11/57_1143/_pdf/-char/ja
福岡市 福岡100特設ホームページ
ユマニチュード
http://100.city.fukuoka.lg.jp/actions/17
NHKホームページ 解説委員室
「『ユマニチュード』が介護を変える」(視点・論点)
http://www.nhk.or.jp/kaisetsu-blog/400/288400.html
NHK厚生文化事業団
ユマニチュードから考える認知症に優しいまち
https://www.npwo.or.jp/wp-content/uploads/2018/04/22833540d36c35c663765f79251528d5-1.pdf
ジネスト・マレスコッティ研究所 日本支部
ユマニチュード とは?
http://igmj.org/humanitude
2. ユマニチュードの技法としての基本
「図-ユマニチュード、技法としての4つの柱」
すでに見てきたユマニチュードの哲学的な側面の中で表現されている点が、ユマニチュードの技法としての柱にもなっています。つまり、ユマニチュードの技法としての基本は、人としての尊厳を保つための技法と言い換えることができるでしょう。
その柱は、「見る」「話す」「触る」「立つ」の4つですが、いずれも「小さな子どもと接するときのように」であるのがポイントです。
ケアをする側の方は、認知症を患う方をどのような視線で見ているか、意識していない場合が多いと言われています。たとえば、ベッドなどに寝ているといった場合、「見下ろす視線」で、認知症を患う方と接しています。
また、車いすや椅子に座っている場合には、真横や後ろから声をかけることがほとんどで、真正面から目を見て話すことが少ないと考えられます。
ユマニチュードでは、ケアをする側の方が、「私の目を見てください」と、認知症を患う方に声をかけ、その方の「視線をつかみにいくこと」を基本としています。
具体的には、正面から同じ高さで見る、後ろから声をかけない、後ろにいる場合は回り込んでから向き直り、ゆっくりと真正面から近づく、というようにして、認知症を患う方を見るのが基本になるということです。
認知症を患うために発する言葉が少なく、結果、会話が途切れがちになることもあるでしょう。すると、ケアする側の方は、無口になりがちで、必要最低限の言葉を一方的に語りかけるだけになっていることもあるでしょう。
そのような接し方は、認知症を患う方にとっては「処置をされた」という感情を抱かせやすいと考えられます。
そこでユマニチュードでは、まずはゆっくりと穏やかに話しかけることを心がけることを第一としています。その上で、返事がない場合や、反応が見られない場合には、オートフィードバックという技法を用いることを提案しています。
オートフィードバックとは、ケアする側の方が、実施しているケアの内容を「ケアを受ける人へのメッセージ」ととらえ、その実況中継を行うものです。たとえば、腕を洗うというケアの場合、「これから腕を洗いますね」とまず、予告。
実際に洗う時に、「腕を上げます。左腕です。とってもよく腕が伸びていますね。肩から洗いますね。次は手のひらです。温かくなりましたね。気持ちいいですね」といったように、言葉を続けていくということです。
このような言葉を重ねられることで、ケアをされている方が自分の存在を改めて認識できる機会にもなるととらえられています。
ケアはその性質上、体に触れることが多くなります。ただ、たとえば移動を介助するとき、認知症を患う方の腕を上からつかみ、引っ張りあげるようにして誘導することも多いのではないでしょうか。
一方ユマニチュードでは、「広い面積でゆっくりと優しく触れて、手をつかまないで下から支える」という対応・認知症を患う方への触れ方が推奨されています。
いきなりつかまれたと感じたり、あたかも警官に連行されるような恐怖心を抱かせてしまったりすることをなくすためです。
ケアが必要になった方は、快・不快の情動を頼りに生きているとも言われています。だからこそ、意識的に「広く優しくゆっくり」触れる重要性が強調されているのです。
たとえば、「親指を手のひらにつけて、親指を使わないで触れる」、「5歳の子の力以上は使わない」というような対応であることが重要ということです。
「立つ」は、ユマニチュードの非常にユニークな特徴と言えるでしょう。すでに見たように、開発者の二人が、体育学を専門としていたことが、その背景にあるとも言えます。
ユマニチュードにおいて立つことは、「子どものころに自力で立ち上がったこと、それを見ていた親や大人に喜ばれたという記憶は、ポジティブで誇りに満ちた感情記憶である.立つことで、『あなたと私が互いに同じ人間』という意識が芽生える。
歩くことで移動能力を獲得し、『社会における自己』を認識する関係性を経験し、ひとりの人間であることを認識する。
この認識こそが人間の尊厳となる.人間の尊厳は『立つ』ことによってもたらされる側面が強く、これは死の直前まで尊重されなければならない」と位置づけられているのです。
人は寝たきりの状態よりも、座ったり、立ったりしている状態の方が3次元の空間を認知しやすくなり、また、「自分がここに存在している」という自覚をより強く持つことができると言われています。
さらに立つことができれば、空間は縦方向にも広がることから、より多くの空間的な情報を得られるため、意識レベルが高まるとも考えられています。
立つことは、栄養を行き渡らせることにもなるため、循環器系や呼吸器系の機能が活発化する効果も期待されますし、寝たきりにともなう褥瘡の予防にもなるでしょう。
また、「立つこと」を視点に、寝たきりの状況にある方の支援の在り方を検討することも重要でしょう。寝たきりの方は、いつも見下ろされる環境にありがちですが、その状態とは、赤ちゃんが受ける視線と同じです。
つまり、赤ちゃんと接するのと同様、寝たきりの方を驚かさない、恐怖心・不安感を抱かせない対応が大切になると考えられるわけです。
ユマニチュードでは、ケアする側とケアされる側である認知症を患う方との間で絆を築くことが重要であることが強調されてもいるのです。
「図-ユマニチュードにおけるケアのステップ」
ユマニチュードを用いたケアは、「見る」「話す」「触れる」「立つ」を基本に、すべてのケアを次の5つのステップを踏んで行うことになります。
「出会いの準備」とは来訪を伝えることで、部屋の中にいる認知症を患う方に「会いに来たこと」を知らせるとともに、それを受け入れるかどうかを選択してもらいます。
具体的には、「ドアを3回ノックして3秒待つ」をくり返すのが基本です。もしそれでも反応がなければ、1回ノックして室内に入ります。「3秒待つ」という時間を挟むことで、ご本人の意識の覚醒水準を少しずつ高める効果が期待できると考えられています。
「ケアの準備」は、「あなたに会うために来た」というメッセージを伝え、関係性を築くことを目的とする段階のことを言います。このときケアする側とされる側とが親しくなれるような言葉や態度を取ることがもっとも大切とされています。
具体的には、正面から近づいていき、目と目を合わせ、目が合ってから3秒以内に話し始めること、そして、「会いに来たこと」「話に来たこと」を伝えつつ、ポジティブな言葉だけを使うようにするのがポイントになります。
ユマニチュードの柱における「見る」や「話す」、そして「触れる」の技術を使いながら、ケアの場での良い関係を作っていくこと、と言い換えられるでしょう。
「知覚の連結」は、「見る」と「話す」と「触れる」のうち、少なくとも2つ以上の技法を同時に使いながら、「あなたを大切に思っている」というメッセージを継続的に届ける段階のことを言います。
この段階では、何より「見る」「話す」「触れる」が、一貫性を持っていることが重要。介護される側の方の五感で伝わるものすべてが同じ意味を持ち、ポジティブなものとなるようにすることがポイントです。
たとえば、優しく話しかける一方で、手を強く握るなどの行為を行ってしまうと、届けるメッセージが矛盾することになるということです。
「感情の固定」は、ケアを受けた方が、そのときの経験を良いものとして記憶に残すことを言います。認知症を患う方はケアの内容は忘れていることが多いと言われる一方で、「ケアに対する肯定的あるいは否定的<感情>は記憶される」と言われています。
よって、ケアを終えた後「気持ちよかったね」と声をかけたり、ケアに協力してくれたことにお礼を言ったりすれば、ご本人は「心地良い時間を過ごせた」と感じることができると考えられるのです。
ただし、「お疲れさまでした」というような声かけは不適切とされています。「ケアを受けて大変だった」といった否定的な感情を誘導するような言葉として感じられる可能性があるからです。
「再会の約束」は、「またお話に来ますね」というような声かけのことです。約束の中身は記憶できないかもしれませんが、「今回自分に優しくしてくれた人がまた会いに来てくれる」という期待感を持てたり、実際に会ったときに喜べたり、また、その喜びの感情が記憶として残るようになる、ということです。
このような感情の記憶の連鎖が、ケアをスムーズにしていくと言えるわけです。
なおこの約束は、必ずしも言葉だけで行うばかりがその方法ではありません。メモなどの形で残すという工夫もできるでしょう。
ここまでに見てきたような基本と、実際のケアのステップとの関係の中で、ユマニチュード には、150を超える技法があるとのこと。すでに取り上げているものも含め、具体的な技法には以下のようなものがあります。
<具体的な技法の例>
・部屋のドアをノックして、相手が反応するまでは部屋に入らない。「ドアを3回ノックして3秒待つ」をくり返す。
・遠い位置から視野に入るようにし、大げさに見えるような態度で近づく。
・イスに座っている方へアプローチする場合は、ビックリさせないよう、いすをノックしてから正面に回わり、接する。
・ベッドで壁側を見ているような方とも視線を合わせられるよう、壁とベッドとの間には隙間を作る
・目線は正面から、また、水平の高さに合わせて話す
・近い距離で長い時間見つめる
・ケアの内容の話はしない。ケアを最優先の目的にはせず、話すことを最優先にする。たとえば、「体拭きに来た」とは言わず、話をしに来たという姿勢を示す。
・ケアを嫌がっている場合は、無理にやろうとせず、いったん引く
・2人でケアをする。たとえば、ひとりは体を拭くなどの必要なケアをしつつ、もうひとりはただ視線を合わせて会話をする
・食事のケアをする際は、必ず真正面から向き合い、ポジティブな言葉を投げかける。また、箸やスプーン、フォークなどは顔より高く上げて使う。
・優しさを込めた友好的な言葉をかける、同時に大げさとも思えるほどの笑顔で接する など
ユマニチュードは、哲学であり技法であると定義されていることもあり、本やマニュアルでは学べないものとされています。1:1対応のテクニックは大切ではあるものの、それ以上に、哲学・考え方を学ばないと、臨機応変な対応ができないからということでしょう。
ユマニチュードを本格的に学びたい、という場合は、以下を参考にしていただきたいのですが、ユマニチュードにこだわるというよりは、その考え方をケアに取り入れることの方が重要でしょう。そして、実際にそれはできると言えるのではないでしょうか。
ジネスト・マレスコッティ研究所 日本支部
ユマニチュードとは?
http://igmj.org/humanitude
ユマニチュード研修案内
http://humanitude.care/
参考:
J-STAGE
ユマニチュードを学ぶ
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjpm/57/11/57_1143/_pdf/-char/ja
人工知能学会第2種研究会 コモンセンス知識と情動研究会 SIG-CKE
認知症ケア技法ユマニチュードにおける コミュニケーションスキルの分析
http://www.sig-cke.jp/files/sigcke4-ishikawa.pdf
最後に
ユマニチュードは、魔法の認知症ケアとも呼ばれています。それは、単に技法ではなく、哲学でもあるとされています。その技法としての基本は、「見る」「話す」「触れる」、そして「立つ」で、特に「立つ」を基本に位置づけている点がその大きな特徴とも言えるでしょう。
「認知症などにより、周囲から多くの視線、言葉、接触を受けられず、また、二本足で立つことができなくなると、人間は尊厳を保てない場合が多い」と、ユマニチュードは指摘しており、また、その尊厳を回復することが重要であるとしています。
このことが、「哲学である」とされる大きな理由にもなっています。
具体的な技法は150超あるとされています。ただ、特にケアの専門家であれば、その技法を一つひとつ覚える、身につけることも必要なのかもしれませんが、ご家族の方などはむしろ、その考え方を知った上で、認知症を患う方に接することが重要と言えるのではないでしょうか。
なお、この記事に関連するおススメのサイトは下記の通りとなります。参考までご確認ください。
参考:
J-STAGE
ユマニチュード を学ぶ
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjpm/57/11/57_1143/_pdf/-char/ja
福岡市 福岡100特設ホームページ
ユマニチュード
人工知能学会第2種研究会 コモンセンス知識と情動研究会 SIG-CKE
認知症ケア技法ユマニチュードにおける コミュニケーションスキルの分析
http://www.sig-cke.jp/files/sigcke4-ishikawa.pdf
NHKホームページ 解説委員室
「『ユマニチュード』が介護を変える」(視点・論点)
http://www.nhk.or.jp/kaisetsu-blog/400/288400.html
NHK厚生文化事業団
ユマニチュードから考える認知症に優しいまち
https://www.npwo.or.jp/wp-content/uploads/2018/04/22833540d36c35c663765f79251528d5-1.pdf
ジネスト・マレスコッティ研究所 日本支部
ユマニチュード とは?
http://igmj.org/humanitude
ユマニチュード研修案内
http://humanitude.care/
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