公的機関の障害者雇用水増し問題を考える
はじめに
8月半ば、中央省庁による障害のある方の雇用数の水増しがあったことが発覚したのに続き、都道府県、市町村などの各公共団体などでも、続々と同様の事態が発生していることが明らかになりました。ここでは、「障害のある方の活躍の場の広がり」や、そもそもの「共生社会の実現」に水を差すと言えるようなこの問題について、現時点で判明している事実を押さえつつ、その原因やこの機会の障害のある方々にとっての活かし方の例などをまとめています。
1. 障害者雇用水増し問題とは?
8月時点で問題になっている「障害者雇用水増し問題」とは、中央省庁や各地方公共団体といった公的機関で、実際よりも多く、障害のある方を雇用しているように報告・公表していたという問題です。
障害のある方の雇用は、障害者雇用促進法と呼ばれる法律で義務づけられています。にもかかわらず、その推進役で、また、民間企業の模範となるべきはずの国や地方の行政機関が、その義務を果たせていない状況だということです。障害のある方を一定程度以上の雇用が義務化されたのは1976年ですが、その時点から現在に至るまで、このような水増しが行われていた可能性すらあるのです。
実は、2014年にも、公的機関である独立行政法人労働者健康福祉機構で、障害のある方の雇用に関する水増し問題が発覚しており、組織的な関与があったことが、調査した第三者委員会により指摘されています。その発覚から4年。この問題を「自分事としてとらえておらず、法律で定められた運用ルールに基づいた対応を行ってこなかった」として、各公的機関が非難されるのは当然のことでしょう。
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第一報が飛び込んだのは、2018年8月16日のことでした。
「複数の中央省庁で障害のある方の雇用で、『不適切な取扱いがあった可能性』があり、調査が行われている」といったものです。この時点でわかっていたのは、「障害者手帳を持っているか確認せず、その確認が取れていない方も含めて、障害のある方の雇用数として報告していた可能性がある」というものでした。
2017年6月1日時点で、各省庁が申告していた障害のある方の雇用数は次の表に示すとおりですが、実際には半分程度にとどまる省庁もあるのではないかというのです。
その後同様の水増しは、中央省庁だけではなく、地方公共団体でも行われていることが発覚しています。発覚しているのは、秋田県、山形県、福島県、栃木県、埼玉県、千葉県、富山県、石川県、静岡県、島根県、愛媛県、高知県、長崎県、佐賀県、山形市、宇都宮市、岡山市、松山市など、拡大の一途をたどっています。
いずれの中央省庁や公共団体も、「悪意はなかった」としています。
また、「プライバシーにかかわるデリケートな問題で、障害者手帳や指定医の診断書の提示を求めにくかった」ため、ルールに基づいた算出をしていなかった場合もあるとのこと。しかし、それは、公的機関であろうが民間機関であろうが同じことでしょう。
また、そのルールを法律として制定したのが公的機関なら、その運用を監督する役割を担うのも公的機関であるという事実も棚上げすることもできません。 さらに、中には糖尿病というだけで、障害者雇用としていた例もあるとされ、「悪意はなかった」で済まされる問題ではないと言えるわけです。
参考:
日本経済新聞
障害者雇用水増しか 各省庁調査、法定目標下回る恐れ
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO34242900W8A810C1EE8000/
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO34278860X10C18A8EA3000/
障害者雇用問題、地方で公表相次ぐ 国は後手
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO3445362022082018EE8000/
2. 障害者雇用促進法
このような公的機関での障害者雇用の水増し問題が発覚する中で、障害者雇用促進法の制度上の欠陥を指摘する声もあります。では、障害者雇用促進法とは、どのような法律であり、制度なのでしょう?
1) 障害者雇用促進法の目的と主な変遷
障害者雇用促進法は、正式名称を障害者の雇用の促進等に関する法律と言い、障害のある方の職業の安定を図ることを目的に制定された法律です。
前身となっている法律は、1960年に制定された身体障害者雇用促進法です。ただしこの法律の制定当初は、障害のある方の雇用は努力目標とされており、義務化されたのは15年以上も経った後です。その後1987年に名称変更され、1998年に、身体障害のある方に加えて、知的障害のある方の雇用が法的に義務化されました。
2) 2018年4月、障害者雇用率の算出方法見直し
また、2018年4月からは、新たに精神障害のある方を、後ほど説明する障害者雇用率の算出に加わえることになりました。それ以前は、身体障害のある方と知的障害のある方のみがこの算出の対象となっていたのです。
「図-障害者雇用促進法のポイント」
障害者雇用促進法で定められている主なポイントは、上図のとおりですが、ここでは障害者雇用水増し問題と関連の深いものに限って見ていきます。
1) ポイント1:雇用義務制度であること
障害者雇用促進法では、一定規模以上の民間企業、国・地方公共団体・特殊法人、教育委員会といった組織の性質別に、その事業主に対し、障害者雇用率に相当する人数の障害のある方を雇用することが義務づけられています。
障害者雇用率の算出方法は、次の図のとおりです。
「図-障害者雇用率の算出方法」
また、2018年4月時点での障害者雇用率は以下の通りですが、2021年3月までのいずれかのタイミングで、さらにそれぞれ0.1%引上げられることが決まっています。
<2018年4月時点での障害者雇用率>
このように、現在、国や地方公共団体などに適用される障害者雇用率が2.5%になった結果、その規模(働く人の人数)に応じて、それぞれ次の人数の障害のある方の雇用義務が発生することになっているのです。
<2018年4月~の国・地方公共団体で働く人数別の障がいのある方の雇用義務数 ~目安~>
※時短勤務者の扱いなど、働く方の人数・雇用義務人数ともに厳密なものではない点に注意
なお、このとき障害者雇用率の算出対象となる方々は、障害者雇用促進法の中で以下のように明確に定義されています。つまり、この確認を正しく行わなかったというのが、今回の障害者雇用水増し問題なのです。
・身体障害者とは?
一 次に掲げる視覚障害で永続するもの
イ 両眼の視力(万国式試視力表によって測ったものをいい、屈折異状がある者については、矯正視力について測ったものをいう。以下同じ。)がそれ ぞれ0.1以下のもの
ロ 一眼の視力が0.02以下、他眼の視力が0.6以下のもの
ハ 両眼の視野がそれぞれ10度以内のもの
ニ 両眼による視野の2分の1以上が欠けているもの
二 次に掲げる聴覚又は平衡機能の障害で永続するもの
イ 両耳の聴力レベルがそれぞれ70デシベル以上のもの
ロ 一耳の聴力レベルが90デシベル以上、他耳の聴力レベルが50デシベル以上のもの
ハ 両耳による普通話声の最良の語音明瞭度が50パーセント以下のもの
ニ 平衡機能の著しい障害
三 次に掲げる音声機能、言語機能又はそしやく機能の障害
イ 音声機能、言語機能又はそしやく機能の喪失
ロ 音声機能、言語機能又はそしやく機能の著しい障害で、永続するもの
四 次に掲げる肢体不自由
イ 一上肢、一下肢又は体幹の機能の著しい障害で永続するもの
ロ 一上肢のおや指を指骨間関節以上で欠くもの又はひとさし指を含めて一上肢の二指以上をそれぞれ第一指骨間関節以上で欠くもの
ハ 一下肢をリスフラン関節以上で欠くもの
ニ 一上肢のおや指の機能の著しい障害又はひとさし指を含めて一上肢の三指以上の機能の著しい障害で、永続するもの
ホ 両下肢のすべての指を欠くもの
ヘ イからホまでに掲げるもののほか、その程度がイからホまでに掲げる障害の程度以上であると認められる障害
五 心臓、じん臓又は呼吸器の機能の障害その他政令で定める障害で、永続し、かつ、日常生活が著しい制限を受ける程度であると認められるもの
・知的障害者とは?
知的障害者更生相談所、精神保健及び精神障害者福祉に関する法律 第6条第1項に規定する精神保健福祉センター、精神保健指定医又は法第19条の障害者職業センター(次条において「知的障害者判定機関」という。)により知的障害があると判定された者
・精神障害者とは?
一 精神保健福祉法第45条第2項の規定により精神障害者保健福祉手帳の交付を受けている者
二 統合失調症、そううつ病(そう病及びうつ病を含む。)又はてんかんにかかっている者(前号に掲げる者に該当する者を除く。)
出典:厚労省ホームページ 障害者雇用促進法における障害者の範囲、雇用義務の対象
http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r9852000001vnm9-att/2r9852000001vosj.pdf
2) ポイント2:納付金制度があること
納付金制度とは、障害者雇用促進法に定められた障害のある方の雇用の義務を事業主に果たさせるための、いわば「動機づけ」にあたるようなしくみのことです。事業主に対する経済的な面での調整制度で、次の大きく2つのことが定められています。
・納付金・調整金
障害者雇用率に基づき発生する障害のある方の雇用義務に対し、それを達成できなかった場合には、不足人数分の経済的負担が求められています。義務を果たせなかった場合に、罰金のようなものを国に納付することが求められるということです。
その一方で、障害者雇用率を上回って障害のある方を雇用した場合は、上回った人数分の金銭が支給されることになっています。
・助成金制度
障害のある方の雇用環境整備にあたって、さまざまな助成制度が用意されています。
この2つの「動機づけ」にあたる制度、実は、中央省庁や地方公共団体は対象外です。中央省庁や地方公共団体は税金で運用されているため、仮に義務を果たせず、不足分を罰金のような形で国に納付することになったとしても、それはただ税金を使うことになってしまうからです。
つまり、障害者雇用水増し問題が、制度上の欠陥で発生したのではないかとの指摘があるのは、公的機関による障害のある方の雇用は、実質義務化されていないことと同じではないのかということを示しているとも言えるのです。
参考:
電子政府の総合窓口 e-Govホームページ
障害者雇用促進法
http://elaws.e-gov.go.jp/search/elawsSearch/elaws_search/lsg0500/detail?lawId=335AC0000000123&openerCode=1
厚労省ホームページ
障害者雇用促進法の概要
http://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/koyou/shougaishakoyou/03.html
障害者雇用促進法における障害者の範囲、雇用義務の対象
http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r9852000001vnm9-att/2r9852000001vosj.pdf
3. 障害者雇用水増し問題を機に考えたいこと
「図-公的機関の障害者雇用水増し問題の影響」
障害のある方の雇用促進を主導すべき公的機関が、ずさんな運用をしていたという問題は非常に大きなものと言えます。よって、各機関に確実な運用を要求するのは当然のことでしょう。でなければ。公的機関が民間企業などを指導することなど、到底できないと考えられるからです。
ただ、障害のある方にとっては、「この機会はチャンス」ととらえることもできそうなのです。
誤った運用をしていた中央省庁や地方自治体が、義務とされる障害者雇用率を満たすには、今後多くの障害のある方を雇用する必要が出てきます。多いところでは、数百人規模になる可能性もあります。これは、障害のある方にとっては、活躍の場を得るチャンスととらえることもできるということになります。
同じように誤った運用を行っている民間企業も発生する可能性があります。監督する側の公的機関が誤った解釈をしていたとするなら、その指示を受けた民間企業も誤った指導の下、運用している可能性があるからです。既に民間企業の障害のある方の雇用ニーズは高まっていますが、さらに高まる可能性もあるでしょう。
この機会をうまく使うには、言い換えれば、ピンチをチャンスに変えるには、いくつかのポイントがあるのではないでしょうか。
まずは、障害者雇用促進法を正しく理解することが重要です。特に、「障害者雇用率の算出対象となるのはどのような方なのか」ということは、非常に重要なポイントと言えます。先に示した対象の方であれば、雇用契約上の一般枠、障害者枠に関係なく、障害者雇用率の算出対象となるという点を押さえておくことです。
1) 障害者手帳の取得
障害者手帳を取得していないようであれば、この機会に取得を検討してみてはいかがでしょうか。障害者手帳を交付されているということは、障害者雇用率の算出対象となることを公的に証明するものでもあるからです。なお、知的障害の場合、療育手帳を取得できないことも想定されます。
ただその場合でも、精神保健福祉センターなどによる判定書を取得するか、精神障害者保健福祉手帳を取得するという方法で代用することが可能です。
2) ハローワークなどで求人情報を得る
求人情報を得ることも非常に重要です。この問題の発覚を機に、多くの求人情報が出される可能性がありますので、ハローワークなどに相談する準備をしておくとよいでしょう。今現在、就労移行支援サービスや就労継続支援サービスを利用されているようであれば、一般就労の相談をしてみてもよいのではないでしょうか。
参考:
厚労省ホームページ
資料10:各障害者手帳制度の概要
https://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r9852000001vnm9-att/2r9852000001vota.pdf
高齢・障害・求職者雇用支援機構ホームページ
障害者の雇用支援
http://www.jeed.or.jp/disability/index.html
最後に
中央省庁や各地方公共団体といった公的機関で、実際よりも多く、障害のある方を雇用しているように報告・公表していた、という「障害者雇用水増し問題」が、大きな社会問題となっており、不適切な運用をしていた公的機関が次々と発覚している状況です。
本来であれば、さらに多くの方が公的機関で雇用されていたはずなのに、この不適切な運用で、障害のある方の雇用が絞り込まれていたことになります。この事実は、当然非難されるべきものでしょう。一方で、障害のある方にとっては、チャンスととらえることもできるでしょう。法律で定められた義務を果たせるよう、各公的機関は障害のある方の採用を拡大する必要があるからです。
ただこのチャンスつかむには、相応の準備が必要でしょう。障害者雇用促進法を正しく理解すること、障害者手帳の入手を検討すること、求人情報を得るようにすることなどが、その準備の一部になると言えるのではないでしょうか。
なお、この記事に関連するおススメのサイトは下記の通りとなります。ご参考までご確認ください。
参考:
電子政府の総合窓口 e-Govホームページ
障害者雇用促進法
http://elaws.e-gov.go.jp/search/elawsSearch/elaws_search/lsg0500/detail?lawId=335AC0000000123&openerCode=1
厚労省ホームページ
障害者雇用促進法の概要
http://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/koyou/shougaishakoyou/03.html
障害者雇用促進法における障害者の範囲、雇用義務の対象
http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r9852000001vnm9-att/2r9852000001vosj.pdf
資料10:各障害者手帳制度の概要
https://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r9852000001vnm9-att/2r9852000001vota.pdf
高齢・障害・求職者雇用支援機構ホームページ
障害者の雇用支援
http://www.jeed.or.jp/disability/index.html
日本経済新聞
障害者雇用水増しか 各省庁調査、法定目標下回る恐れ
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO34242900W8A810C1EE8000/
障害者雇用、偽りの「達成」 総務・国交など水増し
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO34278860X10C18A8EA3000/
障害者雇用問題、地方で公表相次ぐ 国は後手
https://www.nikkei.com/article/DGXM
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