ディスレクシア(読字障害)とは?
はじめに
ディスレクシア(読字障害)は、発達障害が社会で注目を集めるようになる中で、その存在が少しずつ知られるようになってきています。アメリカの俳優、トム・クルーズさんが同障害があることなどで、ご存知の方もいらっしゃるでしょう。とはいえ、その理解は、まだまだ深まっているとは言えないのではないでしょうか。
ここでは、ディスレクシア(読字障害)とはどのようなものなのかについて、そもそも文字を読むということのメカニズムにも触れながら、その主な症状や特徴、診断方法、支援にあたっての具体的な方法などについてまとめています。
1. ディスレクシア(読字障害)とは?
2. ディスレクシア(読字障害)の主な症状
3. もしかしたらディスレクシア(読字障害)? と思ったら
4. ディスレクシア(読字障害)はどのように診断されるか?
5. ディスレクシア(読字障害)と診断されたら
最後に
1. ディスレクシア(読字障害)とは?
「図-ディスレクシア(読字障害)とは?」
ディスレクシアとは、知能面での遅れがなく、視覚や聴覚にも障害がないのに、また、十分な教育とご本人による努力がされているのに、知的能力から期待される読字能力を獲得することに困難がある状態のことを言います。
学習上の困難を伴うことになることから、「学習障害」に位置づけられますが、日本では、「読字障害」「識字障害」などと呼ばれたり、読むことができないと書くことにも困難があるため、「読み書き障害」と呼ばれたりすることもあります。
【関連記事】
発達障害の1つ、学習障害とは?
https://jlsa-net.jp/hattatsu/gakusyu-syogai/
精神障害の診断で国際的に用いられるものに、米国精神医学会が発行する「精神障害の診断と統計マニュアル」(=DSM)がありますが、この最新版であるDSM-5においては、算数・数学障害などを意味する「ディスカリキュア」や書字障害などを意味する「ディスグラフィア」などと合わせて、「限局性学習症/限局性学習障害」とされています。
また、日本の行政施策上用いられることの多いWHOの診断基準であるICD-10においては、「特異的読字障害」にあたると考えられます。分類上の話や診断名などはともかく、「文字を読むことが困難」という意味で、単に読むのがニガテということとは質的に異なります。
また、ディスレクシアは先天性の障害で、脳梗塞の後遺症などの結果後天的に読めなくなったものとも異なります。この後天的な機能の喪失としての障害とを分けるため、「発達性ディスレクシア」と呼ぶ場合もあります。
ディスレクシアの方が日本でどのくらいいらっしゃるかというディスレクシアに絞ったデータはありません。日本語にはひらがな、カタカナ、漢字があるため、あくまで参考ですがアルファベット語圏で3~12%と報告されています。
日本の調査データで最も近いものでは、文科省が2012年に実施した大規模調査がありますが、この結果によると、ディスレクシアを含む「知的発達に遅れはないものの学習面で著しい困難を示す方の割合」、つまり、学習障害のある方の割合は4.5%とされています。
参考:
厚労省 生活習慣病予防のための健康情報サイト e-ヘルスネット
学習障害
https://www.e-healthnet.mhlw.go.jp/information/heart/k-03-004.html
国立研究開発法人 国立成育医療研究センター ホームページ
ディスレクシア | 子どもの病気
https://www.ncchd.go.jp/hospital/sickness/children/007.html
一般社団法人 日本ディスレクシア協会 ホームページ
ディスレクシアとは
http://jdyslexia.com/about.html
通常の学級に在籍する発達障害の可能性のある特別な教育的支援を必要とする児童生徒に関する調査結果について http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/tokubetu/material/__icsFiles/afieldfile/2012/12/10/1328729_01.pdf
2. ディスレクシア(読字障害)の主な症状
「図-文字を読むメカニズム(概要)」
文字を読んで理解するということは、実は非常に複雑なプロセスを経ています。具体的には見て、文字を抽出して、一つひとつの文字をことば・単語としてくくり、音に変換して、既に記憶している意味と結びつけて理解するというものです。
新しいことばや単語などについては、それを識別し、記憶と照らし合わせながら同じようなものを探し、理解するということも行われています。ディスレクシアがある場合、この複雑なプロセスの処理をする脳の部位に、何らかの機能障害や偏りがあるのではないかと考えられています。
各プロセスの処理を行う脳の部位はそれぞれであること、また、機能障害の程度もさまざまであると考えられることから、ひと言でディスレクシアと言っても、一人ひとり、その状態や程度が異なることが予想されます。
「図-ディスレクシアの原因と症状・特徴」
視覚情報処理とは、目で見てそれを認識することを言います。ディスレクシアのある方の場合、文字の見え方が通常とは異なる場合があると言われています。
音韻処理とは、会話などの一連の音刺激に対して、最小の音の単位を認識・処理する能力をさします。たとえば、「たいこ」という発話を聞いたとき、それが3拍で構成されていて、真ん中の音が「い」であるといったことなどを認識する能力のことです。
この能力は、文字を読む能力と強い関わりがあると考えられています。つまり、この処理を行う脳部位に何らかの問題があることから、「音を聞き分け、文字と音を結びつけ、読むこと」が困難になるということです。
ディスレクシアの読字・書字に見られる主な特徴としては、以下のようなものがあげられます。ただし、すべての症状が見られるというわけではなく、その程度も一人ひとり異なると考えられています。
① 文字を一つ一つ拾って読む
② 単語あるいは文節の途中で区切って読む
③ 読んでいるところを確認するように指で押さえながら読む
④ 文字間や行間、単語間が狭いと読み誤りが増える、読んでいた行を取り違える
⑤ 音読不能な文字を読み飛ばす
⑥ 文末などを適当に変えて読んでしまう
⑦ 音読みしかできない、あるいは訓読みしかできない
⑧ 促音「っ」、拗音「ょ」、撥音「ん」、二重母音など特殊音節を書く場合の間違いや抜かし
⑨ 「は」と「わ」、「お」と「を」など、似た音の文字を書くときの間違い
⑩ 「め・ぬ」、「わ」と「ね」と「れ」など、似た形の文字を書くときの間違い
上記のような特徴からは、正しく読むのに極端に長い時間がかかる、読むこと自体に非常に労力がかかるということが想定されます。つまり、読むということ自体で精一杯で、内容を理解するまでたどり着かないといったことも起きる場合があるということです。
参考:
明星大学 学術機関リポジトリ
ディスレクシアの読字過程の認知モデルに関する考察
https://meisei.repo.nii.ac.jp/?action=repository_uri&item_id=1329&file_id=22&file_no=1
独立行政法人 国立精神・神経医療研究センター
「読み書き障害児」の脳活動の異常を発見
https://www.ncnp.go.jp/press/press_release130919.html
一般社団法人 日本ディスレクシア協会 ホームページ
ディスレクシアとは
http://jdyslexia.com/about.html
NPO法人EDGE ホームページ
ディスレクシアとは
http://www.npo-edge.jp/educate/what-is-dyslexia/
3. もしかしたらディスレクシア(読字障害)? と思ったら
ディスレクシアの症状が見られたら、なるべく早期に専門機関での診断を受けることをおすすめします。ディスレクシアは、これまで見てきたような特徴がありますが、その特徴に合わせた支援に関する知見は専門機関でないと得られにくいのが実情。その方の状況に合わせた教育や支援が必要だということです。
子どもか大人かによって、支援の中心となっている専門機関が異なります。以下が主な支援機関となります。
【子どもの場合】
・保健センター
・子育て支援センター
・児童発達支援事業所
・発達障害者支援センター
【大人の場合】
・発達障害者支援センター
・障害者就業・生活支援センター
・相談支援事業所
参考:
東京都福祉保健局 ホームページ
発達障害
http://www.fukushihoken.metro.tokyo.jp/shougai/shougai_shisaku/hattatsushougai.html
4. ディスレクシアはどのように診断されるか?
ディスレクシアを含む学習障害の診断は、先にもご紹介したDSM-5やICD-10による診断基準を用いて行われます。
後天性の障害と区別するためなどの視点から脳の異常が見られないか、学習障害の基準の一つとして知的障害の有無、そして、どのような点で困難があり、その困難が「読字」「書字」「算数・数学」面のうち、どこに偏りがあるのかを見ていくことになります。
以下は、DSM-5での診断基準のポイントを簡易に表現したものです。
(1) 学習やその能力を使うことに困難があり、その困難を低減・解消する支援が行われても、次の症状のうちの1つ以上が6カ月以上継続している
① 文字を読むことが、遅かったり、時に間違ったりするなどにより、努力が必要
② 読んでいるものの意味を理解することが困難
③ 文字の書き間違えなどが見られる
④ 書いて表現することが困難
⑤ 数字の概念・数値・計算する力を身につけることが困難
⑥ 問題を解くときに数学の概念を用いるのが難しい
(2) 困難のある学習面での能力は、その学齢で求められる状態と比較して極端に低く、学校生活や就労、日常生活を送ることに困難がある
(3) 学習障害は、学齢期に見つかるが、その程度はそれぞれ異なるため、見つかる時期は早い場合もあれば、比較的遅い場合もある
(4) 学習障害は、知的障害、非矯正視力や聴力、他の精神疾患、心理社会的逆境、指導上の言葉の習熟度不足、不適切な教育的指導では、十分説明しきることができないものである
参考:
DSM-5 精神疾患の診断・統計マニュアル、日本精神神経学会、医学書院
5. ディスレクシア(読字障害)と診断されたら
ディスレクシアを含む学習障害については、今のところ医学的な方法による根本的な治療法はありません。その意味で、治療は学習障害のある方の将来の選択肢の幅を広げるためのサポートであると言い換えることができるかもしれません。
ただし、その支援が適切であればあるほど、その困難の度合いは、ある程度までは軽減されると考えられます。
ディスレクシアの中には、文字を読みにくく感じる方が多くいます。そこで、文字を大きくしたり、識別しやすい字体を使ったりすると文字を識別しやすくなる場合があります。拡大コピーしたものを使うといったことも一つの方法です。
文字の背景が白よりも、青や緑などの色がついていた方が見やすいという方もいます。同じような効果が期待できるものとして、色つきメガネなどをかけると疲れが軽減されたり、文字を読むスピードが上がったりするといった効果が得られる場合があります。
同じ理由から、教科書に黄色のクリアファイルを重ねて音読させたところ、読みやすさが上がったといった報告もあります。
文章になっているものは、どの範囲がひとまとまりなのか理解できないことがあります。このような場合は「スラッシュ」(/)などを使い、どこが文章の区切りとなっているのか明確にしてあげると文章が読みやすくなります。読む範囲以外の上下左右を隠したりすることも同じような効果を得られやすくなると考えられます。
ディスレクシアの場合、耳から情報を得る能力には基本的に問題がないと考えられます。よって文章を音声化したものを聞くことで学習効果が高まることが期待できます。
教科書を見ながらその音声を聞くことで、文字・音・意味が繋がる可能性もあり、音声読み上げ機能付きの電子教科書の利用も広がってきています。また、教科書で扱われている物語を音声化したものを無償で提供しているウェブサイトもあります。
他にも、練習問題などの文章を音声にして聞けるようにすることで、その問題を解きやすくなる場合もあると考えられます。
情報量が多い文章を読むときなどは、読むことだけで精一杯で、理解するところにまで至らなかったり、また、読むという行為で非常に疲れてしまったりといったことも考えられます。たとえば、蛍光ペンで重要と思われる部分にだけ色をつけるなどすると文章の情報量を調整することができます。
漢字がわかりにくい場合には、ふりがなをふることが効果的な場合があります。
スマートフォンやタブレットなどのICT機器を使うと文字を自由に拡縮できたり、音読機能があったりと支援の幅を広がると言えます。また、状況や目的によっては、板書を写真として撮影したり、授業を録音したりすることなども考えられるでしょう。
学習用のアプリなどを使えば、学習の楽しさが伝わりやすくなるといった効果も期待できます。
さまざまな支援を考える前に、ディスレクシアに関する正しい理解をすることが大切と言えます。先天性の障害であること、知的能力に問題はないこと、単に読むことが苦手というようなものではないこと、読字の機能上の問題が書字にも影響を与える場合があることなどです。
読むことに問題があるという点を前提にすれば、さまざまな支援の方法を考えていくことも可能と考えられますし、「がんばっているのにできない」という、ディスレクシアの方の気持ちの理解にもつながると言えるのではないでしょうか。
参考:
独立行政法人 国立特別支援教育総合研究所 インクルDB
H26 0164PT6-LD 平成26年度インクルーシブ教育システム構築モデル事業(モデル地域(スクールクラスター))報告書成果報告書(Ⅱ)
http://inclusive.nise.go.jp/?action=inclusive_action_main_download&upload_id=1756&file_id=1583&t=1520855084540
H27 0089JC1-LDAD 平成27年度インクルーシブ教育システム構築モデル事業(モデル地域(スクールクラスター))報告書成果報告書(Ⅱ)
http://inclusive.nise.go.jp/?action=inclusive_action_main_download&upload_id=1961&file_id=1741&t=1520855400302
NPO法人EDGE ホームページ
音声教材BEAM
http://www.npo-edge.jp/work/audio-materials/
最後に
ディスレクシアとは、学習障害に位置づけられるものです。視覚情報処理や音韻処理などの脳機能の問題が原因で、文字を読むことに大きな困難があると考えられています。ディスレクシアに対する理解が不十分だと「がんばっているのにできない、自分はできない子」という感情がご本人にも芽生えやすい面があると言えるでしょう。
根本的な治療方法がない一方で、そのメカニズムがある程度わかる面もあるため、具体的な支援方法も考えられつつあります。合理的な配慮という視点からも、学校や社会などの生活の場も、必要な対応をしていくことが大切になると考えられます。
「これをやればいい、あれをやればいい」というより、ディスレクシアを含む学習障害とは何かを理解し、何ができるかを考えていくことが重要であるとも言えるのではないでしょうか。
なお、この記事に関連するおススメのサイト、及び資料は、下記の通りとなります。参考までご確認ください。
参考:
厚労省 生活習慣病予防のための健康情報サイト e-ヘルスネット
学習障害
東京都福祉保健局 ホームページ
発達障害
http://www.fukushihoken.metro.tokyo.jp/shougai/shougai_shisaku/hattatsushougai.html
国立研究開発法人 国立成育医療研究センター ホームページ
ディスレクシア | 子どもの病気
https://www.ncchd.go.jp/hospital/sickness/children/007.html
独立行政法人 国立精神・神経医療研究センター
「読み書き障害児」の脳活動の異常を発見
https://www.ncnp.go.jp/press/press_release130919.html
独立行政法人 国立特別支援教育総合研究所 インクルDB
H26 0164PT6-LD 平成26年度インクルーシブ教育システム構築モデル事業(モデル地域(スクールクラスター))報告書成果報告書(Ⅱ)
http://inclusive.nise.go.jp/?action=inclusive_action_main_download&upload_id=1756&file_id=1583&t=1520855084540
H27 0089JC1-LDAD 平成27年度インクルーシブ教育システム構築モデル事業(モデル地域(スクールクラスター))報告書成果報告書(Ⅱ)
http://inclusive.nise.go.jp/?action=inclusive_action_main_download&upload_id=1961&file_id=1741&t=1520855400302
明星大学 学術機関リポジトリ
ディスレクシアの読字過程の認知モデルに関する考察
https://meisei.repo.nii.ac.jp/?action=repository_uri&item_id=1329&file_id=22&file_no=1
一般社団法人 日本ディスレクシア協会 ホームページ
ディスレクシアとは
http://jdyslexia.com/about.html
NPO法人EDGE ホームページ
ディスレクシアとは
http://www.npo-edge.jp/educate/what-is-dyslexia/
音声教材BEAM
http://www.npo-edge.jp/work/audio-materials/
DSM-5 精神疾患の診断・統計マニュアル、日本精神神経学会、医学書院
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