合理的配慮の義務化 東京都の事業者が困惑?
はじめに
東京都が2018年10月から、障害のある方への差別解消を目的とした条例を施行しました。この条例の施行にあたって、事業者からは戸惑いの声が上がっているとのこと。そこでここでは、東京都の条例のポイントやその背景にあるものを押さえながら、事業者に何が求められ、また、いわゆる共生社会の実現に向けて考えていく必要があることは何かといったことについてまとめています。
1. 東京都が2018年10月1日から施行した条例
「図-東京都が施行した条例のポイント」
障害のある方への差別は残念ながら存在しています。それを前提に、2016年4月に施行されたのが障害者差別解消法です。「すべての国民が障害の有無によって分け隔てられることなく、それぞれの人格と個性を尊重し合い共に生きる社会の実現に向け、障害を理由とする差別の解消を推進すること」がこの法律の目的です。
この法律のポイントは、次の2点です。
「不当な差別的取扱い」とは、行政や事業者が障害のある方に対して、正当な理由なしに、障害のある方に対してのみ行う行為のことを言います。障害を理由にサービスの提供を拒否したり、障害のない方とは違う扱いをしたりすることが「不当な差別的取扱い」にあたり、具体的には次のようなものが考えられます。
1) 店に入ろうとしたら、車いすを利用していることが理由で入店を断られた
2) 障害があることを理由に、賃貸物件を借りられなかった など
「合理的配慮」については後ほど触れますが、障害者差別解消法では、「民間事業者の、お客様に対する合理的配慮については、努力義務とされている」という点を、まずは押さえてください。
国の法律を土台に、さらに一歩踏み込んだのが東京都の条例です。障害のある方に対する差別的な扱いを禁止しているのは障害者差別解消法と同様ですが、ポイントとなるのは、「合理的配慮」を「義務」とし、強化している点です。
「差別的な扱い」の禁止違反、あるいは「合理的配慮」の実施義務違反をした場合、罰則規定はないものの、悪質な場合は事業者名の公表などを行うとしています。
この条例施行の背景にあるのは、障害を理由とした差別的対応が後を絶たないことにあります。東京にある有名テーマパークが、付き添いがないことを理由に聴覚障害のある方の入場を拒否したほか、介助犬と一緒の入店を拒否したり、車椅子の店内での利用を拒否したり、聴覚障害があることを理由に宿泊を拒否したりといった事例が、新聞紙上等でも多く取り上げられていることは、ご存知の方もいらっしゃるのではないでしょうか。
参考:
内閣府ホームページ
障害者差別解消法リーフレット
http://www8.cao.go.jp/shougai/suishin/sabekai_leaflet.html
東京都 福祉保健
東京都障害者への理解促進及び差別解消の推進に関する条例が施行されます
http://www.fukushihoken.metro.tokyo.jp/soumu/fkhk/2018/1808/1808_01.html
東京都福祉保健局
東京都障害者への理解促進及び差別解消の推進に関する条例
http://www.fukushihoken.metro.tokyo.jp/shougai/shougai_shisaku/sabetsukaisho_yougo/kaisyoujourei/sabetsu_kaisho_jourei.html
公益財団法人 日本障害者リハビリテーション協会 ホームページ
障害者差別解消法ってなに?
http://www.normanet.ne.jp/~jdf/pdf/sabetsukaisyohou2.pdf
2. 東京都の条例施行に事業者の戸惑い
このような東京都の条例施行に対して、事業者からは戸惑いの声が上がっているそうです。
この条例の検討に関わった業界団体には「解決に向けた協議などは負担が大きい」「バリアフリー化を進めたいが費用がかかり、零細企業には死活問題だ」などの声が寄せられた。
築30年以上の古い雑居ビルの2階に、テナントとして入る店舗を営む店主は、「障害のある方の補助に慣れていない店員が、車いすでの移動を手伝うなんて、怖くてできない」と語られた。このビルは共用部分にエレベーターはなく、また階段は急で、2人がやっと通れるほど。開店後10年以上たつ今までに、車いすを利用されている方の来店は一度もない。
参考:
日経新聞
障害者への配慮義務化、都条例が波紋 事業者戸惑いも
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO35918770Y8A920C1CC1000/
3. 合理的配慮とは?
「図-合理的配慮とは?」
こうした事業者の声があるのに対し、東京都の条例は「現実離れしたもの」なのでしょうか? 不当な差別的扱いは先に見た通りであり、法律でも禁止事項とされているもの。そこで、ここでは合理的配慮に絞って確認をしていきます。
では、そもそも東京都の条例で義務化された「合理的配慮」とは、いったいどのようなものを言うのでしょうか?
実は合理的配慮は、「次の2つの視点で検討することが必要なもの」と言い換えることができるのです。
「障害のある方にとって」その配慮が、「必要かつ適当な程度や内容」であることが重要だという点が、合理的配慮の理解にあたってはまずは必要です。実は、ご本人が必要としていないような配慮は「過剰」であって、合理的な配慮とは言えないのです。
つまり、各事業者には、ご本人の状態や環境の変化に応じて次のような視点で「合理的配慮を検討し、実施することが義務づけられた」ということになります。
1) 具体的にいつ、どんな場面で困っているのか
2) その困りごとを解消するための適切な配慮は何か
ある特定の方に配慮を行うと他の方の生活や活動に困難が生じるほどの影響が出るなど、あまりにも大きな負担を伴う場合は、社会全体で見たときには「合理的」ではないと言えます。よって、障害のある方が何らかの配慮を求めた場合でも、それがそのまま実施されるというわけではなく、各事業者は、それが妥当なものかどうかの判断を行った上で実施することになります。
なおその判断は、以下の観点を踏まえて行うことが必要ですが、義務違反かどうかの判断も同様の視点で行われると言えます。
1) 事務・事業活動への影響の程度(事務・事業の目的・内容・機能を損なうか否か)
2) 実現可能性の程度(物理的・技術的制約、人的・体制上の制約)
3) 費用・負担の程度
4) 事務・事業規模
5) 財政・財務状況
「過度な負担」を理由に配慮が実施されなかった場合、各事業者には配慮を求めた方に対して、その理由を説明する義務が生じるとともに、「代案」での配慮ができないか、検討することが必要になります。つまり、各事業者は、配慮を求めた方に対して、その配慮を一方的に断ることはできないということになるわけです。
先に、「飲食店街で店舗を営む店主の声」をご紹介しました。しかし、「合理的配慮」についてきちんと見ていくと、この店主の方の戸惑いは、ある意味では「過剰な反応」と言えることに気づくのではないでしょうか?
障害のある方の側にもできること、できないことがあるように、お店の側にもできること、できないことがあるでしょう。
このお店の環境や事業の状況などを考えた場合、もっとも重要なことは、「配慮を求めた方とのご相談、コミュニケーションではないか」と考えられます。このお店の環境を考えた場合、通りすがりの車いすのご利用者が、このお店を利用したいと考えるか?と言われれば、なかなかそういう状況にはならないでしょう。
仮に「それでも利用したい」という場合、「こういう環境で、こういう配慮はできるが、どうだろうか?」と、きちんと説明ができるものですし、ご相談ができるものでもあるでしょう。むしろ、このような店舗の場合、予約して利用されるケースを想定する必要があるわけです。
だとすれば、予約を受け付ける際に、「何らかの配慮が必要かどうかを確認し、何ができ、何ができないのかを説明」した上で、配慮を求められた方とのすり合わせることが大切になると言えるでしょう。つまり、「一方的にできない」という話ではなく、「ここまでは何とかできそう」「これをしてもらえれば、こうできる」というようなやり取りが重要になると考えられるわけです。
参考:
文科省ホームページ
資料3:合理的配慮について
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/044/attach/1297380.htm
公益財団法人 日本障害者リハビリテーション協会 ホームページ
障害者差別解消法ってなに?
http://www.normanet.ne.jp/~jdf/pdf/sabetsukaisyohou2.pdf
4. 合理的配慮の具体事例
「不当な差別的扱い」にしても同じではありますが、「合理的配慮」については、その理解の不足もあり、大きな誤解をされている面もあることが否定できません。そこで合理的配慮について、障害種別の具体的な合理的配慮事例を見ていきます。
なお、これらはあくまでも「事例」であり、いつでも、どこでも、誰にでもあてはまるものではないという点に注意が必要です。
① 「こちら」「あちら」などの指示語ではなく「30cm右」「2歩前」というように位置関係をわかりやすく伝える
② 手のひらに○、×、文字などを書いて、状況を伝える
③ 模型などを用いて触覚によって把握できるようにする など
① ホワイトボードを用意したり、手のひらに文字を書いたりするなどして、筆談を通じてコミュニケーションを行う
② 順番を知らせるときなど、アナウンスだけでなく身振りなどによっても伝える など
① 車いすを利用される方のために段差に携帯スロープを設置する
② 車いすを利用される方がそのままテーブルを利用できるよう、配置を工夫したり、出入り口付近に優先テーブルを用意したりする など
① 簡潔な文章にまとめる、文章にルビをつける
② 実物、写真、絵など、視覚的にわかりやすいものを用いて説明する など
① 不安定になりそうなときなど、落ち着ける場所を設置したり、その場所への誘導を行ったりする
② 多人数の中での利用が難しい場合に、比較的空いている時間や座席を案内する など
① 服薬等を行える場所を用意したり、その時間お手洗いを焦らずに利用できるようにしたりする
② 心臓ペースメーカーを利用されている方への配慮として、携帯電話などの電源を切るよう周囲の方に協力を求める など
このような事例は、中央省庁も各地方自治体も公開しています。以下は事例を公開しているWEBサイトの例ですが、実際にその事例を見ていただくと、「お金や時間、労力が途方もなくかかるものばかりではない」こと、むしろ、配慮を求められた方との「コミュニケーションにより実施可能なものが多くあること」に気づくのではないでしょうか。
<合理的配慮事例を紹介しているWEBサイトの例>
厚労省ホームページ
合理的配慮指針事例集
http://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-11600000-Shokugyouanteikyoku/0000093954.pdf
内閣府ホームページ
合理的配慮等具体例データ集
http://www8.cao.go.jp/shougai/suishin/jirei/内閣府ホームページ
大阪府ホームページ
大阪府障がい者差別解消ガイドライン
http://www.pref.osaka.lg.jp/attach/1203/00142034/2803sabeguide.pdf
名古屋市ホームページ
障害のある人を理解し、配慮のある接し方をするためのガイドブック
http://www.city.nagoya.jp/kenkofukushi/cmsfiles/contents/0000006/6422/guidebook.pdf
5. 共生社会づくり
日本では共生社会の実現が国の大きな目標となっています。
共生社会とは、高齢者とそうでない人とが共に生きる社会、あるいは、健常者と障害のある方が共に生きる社会、また、外国籍の方と日本国籍の方とが共に生きる社会というような文脈で使われることが多い言葉であり、考え方です。
私たちは、国籍、性別、年齢、身長・体重、家庭環境や生活環境、それまでの歴史など、みな一人ひとり違いがあります。共生社会とは、このようなさまざまな違いがある人々がそれぞれ自立し、相互に支え合い、主体的に暮らしていける社会であり、すべての人々が社会から阻害されることなく基本的人権が尊重され、それぞれに必要な支援体制が整備されている社会のことです。
このような社会の実現に向けた取り組みが進められていること、あるいは、それが実現しつつあることは、やはり実感レベルを伴うことが必要でしょう。その意味で、2020年の東京五輪・パラリンピックは、非常に大きなチャンスとも言えます。
多くの訪日客がいらっしゃることが予想されるこのタイミングは、「外から見て」共生社会づくりへの取り組みが進められているか、確認できる絶好のチャンスでもありますし、また、課題を明確にできる機会でもあるからです。
「図-共生社会の実現に向けて、まず必要なこと」
まず重要なことは、共生社会というものに対する正しい理解をすることだと考えられます。
私たちが暮らす社会は、現役世代の「健常者」と呼ばれる方を中心としたマジョリティの方に合わせて整備されてきたという歴史があります。その結果、障害のある方や、高齢の方にとっては暮らしにくい社会であると考えられるわけです。
その解消に向けた第一歩が、「障害を理由とした不当な差別的扱いの禁止」であり、それを必要とする方への「合理的配慮の義務」ととらえられます。そこに求められるのは、多くのコストがかかるようなものばかりではなく、むしろコミュニケーションやご相談といった、いわば「ちょっとしたこと」が大多数を占めると考えられるのです。
これは、「気持ちの良さ」や「心地よさ」に通じるようなものと言い換えられるかもしれません。
障害のある方にも、共に生きる以上、他者への配慮は求められます。いくら「不当な差別的扱いの禁止」や「合理的配慮」をかざしてみても、その要求自体に他者への配慮が見られないというのであれば、それは受け入れられるものではないでしょう。
人は、何か事が起きると、二者択一、両極端に考えがちです。しかし、社会での出来事やその課題は白黒はっきりするものばかりではなく、むしろそれがはっきりとはしないものの方が多いのではないでしょうか? とすれば、「お互いの事情」を分かり合い、共に「何ができるか」アイデアを出し、折り合うポイントを探していくことが重要になるはずです。
それをするにはコミュニケーションが必要。つまり、「合理的配慮の義務化」とは、「相互コミュニケーションの義務化」だと言っても、過言ではないのではないでしょうか?
参考:
厚労省ホームページ
「地域共生社会」の実現に向けて
http://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000184346.html
最後に
東京都が2018年10月1日から、障害者差別解消法からさらに一歩踏み込んだ条例を施行しました。そのポイントは、法律上と同様の「障害を理由とした不当な差別的扱いの禁止」と、「合理的配慮の義務化」です。この条例の施行にあたって、事業者からは戸惑いの声もあるようです。
しかし、その内容をよくよく見れば、決して高いハードルがあるものばかりではなく、むしろ、「障害のある方で、配慮を求められる方とコミュニケーションをとり、共に課題を解決しよう」というものと言い換えることができると考えられます。
多様な人々が共に生きる共生社会の実現には、それだけ「コミュニケーション」が重要だということであり、また、これまでの社会は、多様な人々の間でのコミュニケーションをしてこなかったということでもある、ということでしょう。「何かしなければ」ということよりも、まずは「正しい理解」と「事実を元にしたご相談の姿勢」が重要になると言えるのではないでしょうか。
なお、この記事に関連するおススメのサイトは下記の通りとなります。参考までご確認ください。
参考:
内閣府ホームページ
障害者差別解消法リーフレット
http://www8.cao.go.jp/shougai/suishin/sabekai_leaflet.html
合理的配慮等具体例データ集
http://www8.cao.go.jp/shougai/suishin/jirei/内閣府ホームページ
文科省ホームページ
資料3:合理的配慮について
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/044/attach/1297380.htm
厚労省ホームページ
合理的配慮指針事例集
http://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-11600000-Shokugyouanteikyoku/0000093954.pdf
「地域共生社会」の実現に向けて
http://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000184346.html
東京都 福祉保健
東京都障害者への理解促進及び差別解消の推進に関する条例が施行されます
http://www.fukushihoken.metro.tokyo.jp/soumu/fkhk/2018/1808/1808_01.html
東京都福祉保健局
東京都障害者への理解促進及び差別解消の推進に関する条例
http://www.fukushihoken.metro.tokyo.jp/shougai/shougai_shisaku/sabetsukaisho_yougo/kaisyoujourei/sabetsu_kaisho_jourei.html
大阪府ホームページ
大阪府障がい者差別解消ガイドライン
http://www.pref.osaka.lg.jp/attach/1203/00142034/2803sabeguide.pdf
名古屋市ホームページ
障害のある人を理解し、配慮のある接し方をするためのガイドブック
http://www.city.nagoya.jp/kenkofukushi/cmsfiles/contents/0000006/6422/guidebook.pdf
公益財団法人 日本障害者リハビリテーション協会 ホームページ
障害者差別解消法ってなに?
http://www.normanet.ne.jp/~jdf/pdf/sabetsukaisyohou2.pdf
日経新聞
障害者への配慮義務化、都条例が波紋 事業者戸惑いも
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO35918770Y8A920C1CC1000/
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