日本で生まれた精神療法「森田療法」とは? ~ 欧米発祥の精神療法との違い
はじめに
今の各種の精神障害の治療法は、欧米発祥の精神療法が中心となっていますが、日本で生まれた精神療法も実は存在しています。その中で治療法として確立され、保険適用もされている精神療法に森田療法があります。森田療法は、欧米のビジネスマンを中心に流行している瞑想や禅、マインドフルネスといった考え方などとも通ずる精神療法である、ととらえる方もいらっしゃるようです。
ここでは、そのような森田療法の基本的な考え方を中心に、その治療方法などを、創られた歴史なども踏まえながらまとめています。
1. 森田療法とは? ~ 日本生まれの精神療法
森田療法は、日本で1920年ごろに、創始者である森田正馬氏によって確立された精神療法です。森田氏自身が苦しみ、当時患う方の非常多かった神経衰弱、今で言う「神経症」を克服した方法を、一般適用可能な治療法にまで高めたもので、いわゆる臨床的な知見から開発された精神療法と言えます。
森田氏ご自身はさまざまな療法に取り組まれたそうですが、その中で症状が劇的な改善した方法を体系化した治療方法であるという意味で、ご自身を通じた「実験」とその「観察」によって生まれた治療法だと言い換えることができるでしょう。
「図-森田療法が対象とする「神経衰弱」とは?」
森田療法が治療法として確立した当初、その対象とした神経衰弱は「森田神経質」と呼ばれ、普通神経質、発作性神経症、強迫観念症の3つのタイプに分けられています。
これらは今で言う強迫性障害、不安障害、パニック障害、うつ病、躁うつ病、PTSDなどに相当すると考えられます。つまり、森田療法は、代表的な精神障害を対象にした治療法であると言うこともできるでしょう。
当時の治療成績は、普通神経質で55%が全治・38%が軽減、発作性神経症で7割が全治・3割が軽減、強迫性観念症で6割が全治・35%が軽減というもので、当時の世界において、最も成功した「神経症」の治療方法の一つだったと言えそうです。
当時の森田療法は、40~60日程度入院し、家族や社会とは隔絶された環境で行われる治療法でした。症状そのものについて、その原因を解釈したりはせず、症状は「あるがまま」に受け入れつつ、やれること、やるべきことを指示してその行動に集中させるというものです。
ただ現代においては、従来型の入院型森田療法は非常に少なくなっており、その考え方を引き継ぎアレンジされた外来型森田療法が中心となっています。
参考:
東京慈恵会医科大学 森田療法センター ホームページ
森田療法の考え方
http://www.jikei.ac.jp/hospital/daisan/morita/p02.html
公益財団法人メンタルヘルス岡本記念財団ホームページ
森田療法とは
http://www.mental-health.org/morita.html
はじめての森田療法、北西憲二、講談社現代新書
2. 森田療法の基本
「図-森田療法の基本的な考え方」
森田療法の基本的な考え方は非常にシンプルで、「あるがまま(に生きる)」ということです。
「あるがまま」とは、神経症の不安や恐怖を排除するのではなく「受け入れること」で、不安や恐怖が生まれる悪循環である「とらわれ」から脱出し、人が本来的に持つ自然治癒力などの「生きる力」を最大限に生かし、未来でも過去でもなく「今そのとき」、「できること」をやるというものです。
「図-認知行動療法と森田療法とのアプローチの違い」
上記で示した「あるがまま」という考え方は、森田療法における治療のアプローチを大きく方向づけています。これは、欧米発祥の認知行動療法と比較するとわかりやすいでしょう。
欧米発祥の認知行動療法では、森田療法が対象とする「神経症」への治療として、「神経症」を引き起こす原因となっているものの見方や考え方である「認知の歪み」を矯正しよう、変えようというアプローチをとります。
認知行動療法は、それをたとえれば以下のように表現できますが、いずれにしても「神経症」の「原因」に対する働きかけを行うものであると言うことができます。
1) コインには裏と表がある。コインを裏から見る「認知の方法」が「神経症」を引き起こしている。だから、コインを裏から見るのではなく、表から見られるようにしようというようなアプローチ。
2) 人は皆、その人なりの「メガネ」を通してものを見ている。今使っている「メガネ」を通したものの見方が「神経症」を引き起こしている。だから、その「メガネ」を取り換え、これまでとは異なるものの見方ができるようになろうというようなアプローチ
【関連記事】
精神疾患・精神障害の治療に用いられる認知行動療法とは?
https://jlsa-net.jp/sei/nindhi-koudouryouhou/
認知行動療法のアプローチに対して、森田療法のアプローチは「あるがまま」です。つまり、上述した例で言う、コインを裏から見るという見方や、その人なりの「メガネ」を通した見方を変えることをしようとはしません。
裏から見るという見方をすること、「メガネ」をかけていること自体を「受け入れる力」を発揮できるようにしようというような考え方になります。
この考え方は、たとえば天気などの自然現象とそれに伴う災害なども含めた影響など、人間の力ではどうすることもできないことに対しても同じ考え方でアプローチできるというメリットがあると言えます。
「図-森田療法のキーワード」
「あるがまま」を基本とする森田療法について、森田療法の認定医である北西憲二氏は、著書である「はじめての森田療法」の中で、次の12の森田療法のエッセンスに関するキーワードを提示しています。
人には「できること」と「できないこと」があります。「神経症」の原因は、「できないこと」に悪戦苦闘しすぎで、「できること」が疎かになっていることなので、「できること」に集中すること、没頭することが問題解決の鍵になると、森田療法では考えられているということです。
森田療法では、「正常/異常」という枠組みではなく、「自然/反自然」という枠組みで人間の在り方をとらえます。
「神経症」に伴う極端な不安や恐怖などの感情は、「正常/異常」の枠組みで考えると「異常」となりますが、「自然/反自然」という枠組みでとらえれば「自然」な感情。それを取り除きたい、そうであってはならないと考えることが「反自然」ということになるということになります。
つまり、「(不安や恐怖といったものを含む)自然なこと」を、何とか思い通りにしようとすることが「反自然」なものと考える、ということです。
内的自然とは、無心・夢中になっているときに、心と体が自然と動くような状態のことを言います。このような状態のとき、森田療法では、生の力、つまり、生きる力が自然と発揮できると考えられています。
このような状態を「感覚としてつかむこと」が、森田療法の治療テーマの1つになっています。
悩みのない世界は残念ながらないでしょう。人生におけるさまざまな出来事は、さまざまな感情も引き起こします。それが心の流動です。心の流動と、それをつかんでいく「経験」は、森田療法で重視されることの1つです。
「理想の自己」とは頭でっかちでバランスが悪いと森田療法ではとらえます。そのような「理想の自己」は、他者の視点を意識しすぎた結果自分の中で作り上げてしまったもので、それが大きくなりすぎると、「現実の自己」を受け入れられなくなり悩むということです。
「理想の自己」は、必ずしも自分の自然な欲求から生まれたものではないと言い換えることができるかもしれません。
「とらわれ」とは、「神経症」を患う患者の悩みのメカニズム・「悪循環」の回路のことで、森田療法の治療者による患者の理解の方法です。
「<こうあるべき>いう理想の自己から、<こうなってしまったらどうしよう>という不安を生み、不安や恐怖などのさまざまな<不快な感覚>となってあらわれると、それを<何とかしなければ>と考えてしまい、<こうあるべき>という考えが余計に強まってしまう」
という「悪循環」が患者の中では起きているというとらえ方をするということです。
「かくあるべし」という考え方が生まれるのは、あるがままの自分を事実として受け入れていないことだということです。つまり、「理想の自己」が「現実の自己」を支配しようとする在り方だと言い換えられます。
「現実の自己」から生まれた「理想の自己」が「できることから少しずつ階段を昇る」イメージであるのに対し、「かくあるべし」から生まれた「理想の自己」は「谷底にいる自分に対し断崖絶壁をただ登れと命令するもの」というイメージではないかと考えられます。
「はからい」とは、「自然」なものである不安や恐怖などの感情に対し、何とかしようと考えたり行動したりすることを言います。何とかしようとすればするほど、絡まった糸が余計に絡まる(=悪循環にはまる=とらわれる)と森田療法では考えます。
生死というものは、コインの裏表の関係にあります。究極的には死の恐怖があるからこそ、よりよく生きたいという欲望につながるという仏教的な考え方とも言えるでしょう。そのような概念を拡大してとらえているのが森田療法における「生の欲望と死の恐怖」です。
人は生きている限り、「こうしたい、これをやりたい」といった何らかの欲望を持ちます。このようなあらゆる欲望を、森田療法では「生の欲望」として、また、それに伴う「うまくいかないのでは? 問題が起きるのでは?」といった不安や恐怖などを含む負の感情を「死の恐怖」として、それぞれとらえているということです。
喜怒哀楽などの感情は自然なものです。ただその感情は、時とともに移り変わるというのも事実でしょう。これを森田療法では、「感情の法則」と呼び、「感情の法則」を認識し、受容することが大切とされています。
上記のような「感情の法則」を頭ではなく実感レベルで自分のものにするために、大切なことは以下のことと示されています。
1)「感情の変化」を経験すること
生活の中で行動し、行動の中で生じる感情や欲望を感じるがまずは必要だということです。「この感情の変化・欲望が生まれるのが自分なのだ」というようにして自分を理解することにつなげていくことになります。
2)感情の両面を知る
「苦あれば楽あり」ということを感じられるようにすることです。たとえば、病気になったとき、病気であることは不幸であるかもしれないが、その中でさまざまな支援を受けつつも自分のやりたいことをできることは幸せなことだというようなものの見方です。
3)「苦」から経験すること
「苦」を経験しないと「楽」がわからない、「楽」と感じられるのは「苦」があるからだ、という考え方です。「苦はあってはならない」と考えることは不自然なことで、ましてそれをコントロールしようとするから苦悩することになるのだということと言い換えられるでしょう。
4)苦悩から生じる感情を引き受け、待つこと
さまざまな感情を引き受けられないと、それを取り除こうという思考にとらわれるということです。
気分とは感情のことを指しているようです。何かうまく行かないことがあったとき、そのときに感じた暗い気分・感情で評価するのが気分本位。暗い気分があったとしても、やることはやったというようなとらえ方が事実本位です。
気分・感情と、行動や事実とを区別することは、森田療法における治療の重要な視点となっています。
「あるがまま」は、すでに見てきているように森田療法の本質とも言えます。同じような言葉として、北西氏は「あきらめ(明らめ)」という言葉を引用し、「あきらめ」には複数の意味があり、「物事をありのままに認識し、執着を切る」ことだとしたうえで、「あきらめとは、単なる敗北ではない」と説明しています。
参考:
東京慈恵会医科大学 森田療法センター ホームページ
森田療法の考え方
http://www.jikei.ac.jp/hospital/daisan/morita/p02.html
公益財団法人メンタルヘルス岡本記念財団ホームページ
森田療法とは
http://www.mental-health.org/morita.html
認知行動療法センター
認知行動療法とは
http://cbt.ncnp.go.jp/guidance/about
はじめての森田療法、北西憲二、講談社現代新書
3. 近年の森田療法
入院療法は、森田療法の伝統的な治療スタイルです。1~3カ月の間で、4期に分けられた治療が段階を踏んで実施されます。入院中は医師を中心とした治療者により、健康面の管理をしながら、面接や日記を使った指導、生活指導などが行われます。
なお、その治療の目的や方法論との関係から、外部環境の遮断が重視されているため、入院期間中、携帯電話・パソコンなどの通信機器の利用は原則認められておらず、また、家族との面会や外出などにも治療者の許可が必要となります。
病室に横になって過ごす期間で、7日間程度が目安です。この期間では、疲れた心と体を休めることはもちろん、浮かんでくる不安などの感情や、それを何とかしようとするさまざまな考えである「はからい」をせず、思い浮かんだものを「あるがまま」に受け入れるようになることがこの時期の治療上のポイントとなります。
寝たきり状態が明け、起き上がる期間で、5日間程度が目安となっています。この期間では、庭に出て自然にふれたり、病棟での生活をよく観察したりすることから始め、徐々に部屋の片づけや木彫り、簡単な陶芸など軽い作業に移行していきます。
気分や症状に流されず行動していくことがこの時期の治療上のポイントです。
不安や症状を抱えながら、目の前の必要な行動に積極的にかかわりやり遂げていく行動を大切にする期間です。
清掃などの日常生活を整える共同作業、動物や植物の世話など、毎日必要なことは当番制で行うことから始まりますが、その日々の作業の内容と担当はミーティングで自主的に決めていくので、次第に作業に深くかかわっていくことになります。
活動を通じて周囲を観察し、どんな作業が必要かを考え、作業内容を決めていくこと自体を「大切な体験」としていけるよう促し、また、不快な症状に対する「とらわれ」から離れ、「よりよく生きよう」という自然の力を活かせるようにしていく期間で、1~2カ月程度が目安とされています。
外出・外泊を含めて社会復帰の準備を行っていく期間で、1週間から1ヶ月程度が目安となります。病棟から職場や学校に通う場合もあるようです。
近年の森田療法は、従来の入院型のものから、現代の社会的な情勢や事情に合わせて、入院型の考え方を発展させた外来型のものが主流になっています。
外来型の森田療法は面接が治療の中心ですが、従来型と同様、日記療法を併用するのが一般的で、本来の欲求や目的に即した行動がとれるよう援助するものになります。
ここで重要視されることは、入院型の森田療法と同様です。よって「症状をなくしたい」というものではなく、患者自身のそもそもの欲求、つまり、「症状をなくして何をしたいのか」に焦点を当て、治療がすすめられることになります。
森田療法は、個人の勉強によりその考え方を日常生活に取り入れていくことを積極的に奨励しています。その方法として自助グループに参加したり、体験フォーラムに参加したりといったものの他、多くの書籍も出版されていますので、興味があるようなら確認してみるとよいでしょう。
参考:
東京慈恵会医科大学 森田療法センター ホームページ
森田療法の治療法
http://www.jikei.ac.jp/hospital/daisan/morita/p03.html
治療開始までの流れ
http://www.jikei.ac.jp/hospital/daisan/morita/p04.html
公益財団法人メンタルヘルス岡本記念財団ホームページ
森田療法医療機関
http://www.mental-health.org/medical.html
NPO法人生活の発見会 ホームページ
http://www.hakkenkai.jp/
図書一覧(森田療法&関連図書)
http://www.hakkenkai.jp/%E5%9B%B3%E6%9B%B8%E4%B8%80%E8%A6%A7/
日本森田療法学会 ホームページ
教育・研修・講演
http://www.jps-morita.jp/education.html
最後に
森田療法は、日本で生まれた精神療法です。対象としている疾患は、今で言う強迫性障害、不安障害、パニック障害、うつ病、躁うつ病、PTSDなどです。
その治療の基本となる考え方は「あるがまま」です。欧米発祥の認知行動療法と同様「思考の在り方」を問題にはしていますが、その視点は180°異なると言えます。
北西氏が取り上げているように、森田療法の考え方を知るためには、「あるがまま」の他にも「できること/できないこと」「自然に生きる・内的自然・生きる力」「理想の自己と現実の自己」「とらわれ」「はからい」などのキーワードをしっかりと確認することが大切。
そうすることで、なぜ入院型のような治療方法になるのか、外来型で日記療法が利用されるのかといったことも腑に落ちる部分がたくさんあると考えられます。
また、森田療法の考え方は、上記に取り上げた疾患のみに有効なものではないでしょう。大小さまざまな苦悩との向き合い方という点で、神経症を患う方のみならず、いわゆる一般の方にとっても多くのヒントがあると言えるのではないでしょうか。
なお、この記事に関連するおススメのサイト、参考書籍は下記の通りとなります。ご参考までご確認ください。
参考:
東京慈恵会医科大学 森田療法センター ホームページ
森田療法の考え方
http://www.jikei.ac.jp/hospital/daisan/morita/p02.html
森田療法の治療法
http://www.jikei.ac.jp/hospital/daisan/morita/p03.html
治療開始までの流れ
http://www.jikei.ac.jp/hospital/daisan/morita/p04.html
公益財団法人メンタルヘルス岡本記念財団ホームページ
森田療法とは
http://www.mental-health.org/morita.html
森田療法医療機関
http://www.mental-health.org/medical.html
NPO法人生活の発見会 ホームページ
図書一覧(森田療法&関連図書)
http://www.hakkenkai.jp/%E5%9B%B3%E6%9B%B8%E4%B8%80%E8%A6%A7/
日本森田療法学会 ホームページ
教育・研修・講演
http://www.jps-morita.jp/education.html
はじめての森田療法、北西憲二、講談社現代新書
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