障害のある子どもたちとのコミュニケーション方法 ~特別支援教育を専攻した経験からの一つのアプローチ方法
はじめに
障害のある子どもたちの中には、コミュニケーションに何らかの難しさ・課題がある子どもたちが多くいます。例えば、重度の知的障害を伴うことで言語理解や言語表出が限定的である場合や、重度の脳性まひなどにより音声発語器官の機能に障害があり言語表出が限定的になる場合などです。また、自閉症スペクトラム障害のある子どもたちのうち、知的能力が比較的高いとされる子どもたちの中にも、曖昧な言葉づかいや比喩的な表現の理解には難しさ・課題がある場合があります。障害のある子どもたちとかかわっていく中で、子どもたちとのすれ違いが生まれたり、うまく子どもの意図をとらえられていないような感覚になったりすることがあるかもしれませんが、それは、このようなコミュニケ―ション上の難しさ・課題が原因となっている場合がありそうです。
ここでは、大学院学生で特別支援教育を専攻する筆者が、勉強したり、障害のある子どもたちとかかわったりする中で考えたこと、そしてそれを元に、障害のある子どもたちとかかわる際に、主に教育者や支援者としての視点で心に留めていることなどついて述べていきます。障害のある子どもたちとのコミュニケーションの参考にしていただきたいと思います。
1. 隠れたカリキュラム
「図-空気が読めない? その原因と対策」
障害のある子どもたちとのかかわりを持っていく中で、私たちの毎日のコミュニケーションについて考えさせられることや気づかされることが多々あります。まず、自閉症スペクトラム障害を例に挙げてみましょう。
自閉症スペクトラム障害の子どもたちの中には、言葉を流暢に話す子どもたちがいます。
彼らは、自分の興味に関していろいろなことを知っていて、一見何も課題がないようにも見えます。しかし、実際には、置かれた状況や暗黙のルールを読み取ることが難しかったり、言葉を過剰に字義通りに理解したりといった課題を抱える子どもたちが含まれています。
また、そのような特性のために、場にそぐわないと考えられるような言動を行ってしまい、周囲の人々からは「空気が読めない」などの評価をされ、本人も周囲から疎外されているように感じてしまう場合もあります。 しかし、このようなことは障害のある子どもたち特有の経験ではなく、程度の差こそあれ、多かれ少なかれ誰しもが経験しうることだったり、あるいは、経験したことだったりするのではないでしょうか?
【関連記事】
自閉症スペクトラム障害とは?
https://jlsa-net.jp/zhi/z-spectrum/
みなさんの職場などには「当たり前になっているけれど、誰も教えてくれないルール」はないでしょうか? そして、そのルールを知らず、失敗した経験などをお持ちではないでしょうか? 筆者の初めてのアルバイトは喫茶店のバックヤード。
夕方から閉店までを担当する遅番として働きました。初日・2日目は、社員の方がひと通り手順を説明してくれ、サポートも受けられたものの、3日目からはほぼ一人で業務を行わないといけないという、かなり忙しい職場でした。そのため、一人でマニュアルを読みながら必死で業務をする必要がありました。
アルバイトに入ってしばらくして、早番の人のためにアイスコーヒーの仕込みを行うことがマニュアルには書いていないものの、いわば相手への思いやりとしての暗黙のルールになっていることに気づきました。遅番ばかりに入っていた筆者は、早番の業務を知らなかったこともあり、この暗黙のルールに気づいていなかったのです(気づいてからはその暗黙のルールに従うようになりましたが・・・)。
それまでは「気がきかないアルバイトだな」と思われていたのではないでしょうか。このように、ある社会(この事例ではアルバイト先の店舗)においては、明示されない隠された決まりごとが存在していることがあります。
筆者が学生時代に特別支援教育にかかわる講義の中で聞いた言葉に、Hidden Curriculumという言葉があります。直訳すると、「隠れたカリキュラム」となりますが、これは「直接教わったことはほとんどないのに、当然知っているとされる一連のルールやガイドライン」のことを意味します。上記の筆者の経験も、この隠れたカリキュラムの一例であるといえます。
学生時代、この言葉について聞いた時、私たちの社会が「察する」ことを当たり前とすることがいかに多いかということを非常に強く感じたことを今でもよく覚えています。
また、私たちは無意識のまま他者に「こうあるべき」ということを求めている可能性があり、場合によっては、その無意識な要求で他者を苦しめている可能性があるのではないかとも考えさせられました。
このように、暗黙のルールがあることを知らずに失敗することは、障害のある子どもたちに特有のものではなく、障害の有無にかかわらず起こりうるものです。つまり、暗黙のルールの読み取りが難しい子どもたちに出会った時、
「わかって当たり前、できて当然、とは思わずに、教える」ということが重要になるだろうということです。
「発達障害がある子のための『暗黙のルール』マナーと決まりがわかる本」(ブレンダ・スミス・マイルズ、メリッサ・L・トラウトマン、ロンダ・L・シェルヴァン著 萩原拓監修 西川美樹訳)には、発達障害のある子どもたちに対して、そのような暗黙のルールを教える様々な指導方法が掲載されています。
一方、暗黙のルールはたくさんあり、それを全て事前に知るということはとても難しいでしょう。
監修者である萩原拓先生もあとがきで指摘されているように、定型発達の人と同じようにふるまえるようにするのが指導の目的ではなく、子ども本人が生活する上で困らないために必要なルールを吟味し、教えていくというスタンスで指導を行っていくことが大切と言えるのではないでしょうか。
2. 子どもの行動を子どもの意思表示としてとらえる
「図-問題行動? その原因と対策」
障害のある子どもたちの中には言語表出が限定的であるために、他者にうまく意図を伝えられない場合があります。ある絵本が読みたいけれど、それを他者に伝える言葉が出てこない、お友だちの使っているおもちゃを使いたいけれど、それを伝える術がわからないといったことです。
そのようなとき、子どもたちは大人に対して、何とかして自分の思いを伝えようと努力します。例えば、近くにいる大人の腕を引っ張ってみたり、欲しいものがあるところへ走って行ったり・・・。
つまりこれらの行動は、子どもたちが、必死に自分の思いを伝えようと試みていることのあらわれだととらえることができるということです。
一方で、それらの行動は、時に不適切だと判断される場合があります。例えば、お友だちが使っているおもちゃを使いたいからといって、そのお友だちからおもちゃを取り上げたり、たたいたりした場合などは、そのこと自体がお友だちを傷つけることになったりするばかりでなく、子ども同士の人間関係がうまくいかなくなったりといった悪影響が出る場合もあるでしょう。
子どもの行動の意図がわからない状況下では、見ている側は「突然手を引っ張る乱暴な子だ」、「お友だちに手をあげてしまうので一緒に遊ばせられない」というような判断をしてしまう場合があります。
しかし、子どもが他の子どもに手を出した原因を考えずにただ引き離すだけでは、子どもの学ぶ機会を奪ってしまう危険性もあります。
周囲にいる大人たちは、なぜ子どもがそのような行動をしたのかを考え、支援につなげていくことが重要であるということです。
先ほどの例では、子どもは友だちからおもちゃを取り上げることによって「おもちゃを使って僕も遊びたい」という意思表示をしたと考えられます。
このように、子どもの行動の理由を推定できれば、どのように支援をすれば良いかを考えていくことができるでしょう。友だちからおもちゃを無理やり取り上げたり叩いたりするのではなく、「貸して」と頼むというより、適切な行動でもおもちゃを手に入れることができることを教えていくということです。
このように適切な行動に置き換えていくことによって、子どもと友だちとの関係性もよりよいものとなり、本人の学びも促進するのではないかと考えられるということです。
3. 子どもの思いを汲み取る
「図-その方の意思表示の仕方を知るには?」
表出言語に制限がある場合でも、ジェスチャーなどの行動を使って意思表示をすることができるのであれば、その子どもの意思を読み取る上での手がかりはある程度明らかと言えます。
一方、重度の脳性まひなどによって可動部がかなり制限を受けている場合、ご本人による意思表示はより微細なものとなります。
つまり、思いを汲み取ろう、理解しようとしても、受け手側の手がかりは、大きく制限されることになるということです。このような場合、子どもの意思表示は、子どもを見る側の解釈に大きく依存することになります。そのため、関わり手は安易な決めつけで子どもの姿を解釈するのではなく、子どものかかわりを丁寧に振り返り、その様子を解釈していくことがとても大切になってきます。
はたらきかけの中での反応が非常に微細な場合、ご本人とのかかわりが浅い段階ではなかなか意思を読み取ることは難しいかもしれません。
筆者が学生時代、ボランティアで短期間重症心身障害のある方々の施設へ行った時、「私が○○さんの手に触ったとき、○○さんは『あー』と声を出したけれど、あれは嬉しかったのだろうか、それとも嫌だったのだろうか・・・」などと不安になったり、疑問に思ったりした経験があります。
しかし、くり返しかかわっていくなかで、かかわり手は子どもの微細な行動の意味を解釈し、その解釈が本当に正しいかどうかを子どもの反応を見ながら絶えず振り返ることになります。このような絶え間ない振り返りの過程こそが子どもの理解を深めるうえで必要不可欠な営みになると考えられます。
濃厚な医療的ケアを必要とする超重症児への教育的対応に関して論じた岡澤(2012)も「子どもの状態変化を周囲の環境変化や子どもの内部の状態変化との関連のなかで細かく分析的に把握し、絶えずその読み取りの妥当性を問い直すかかわり手のあり方が重要である」と述べています。
超重症児とのかかわりの中で、子どもの応答の特徴を特定し、それを指導に生かした実践として、高木(1998)らの事例研究があります。この研究では、以下のような報告がされています。
15歳で終日床上に安静を要する状態の子どもと、その母親とのかかわりを観察したところ、母親が清拭やマッサージを施している際に軽く舌を出す行動が起こることが特定されました。
また、びっくりした時や痛いと思われた時に口をゆがめたり、眉上を動かしたりする行動が観察されました。このことから、「舌出し」を子どもの心地よさの指標、「眉上や口の動き」を子どもの不快さの指標とし、子どもとの授業の中でこのような行動がどのような時に現れるのかを観察しました。
すると、グロッケンを演奏した時にも、心地よさの指標である舌出しが現れたこと、授業中に手に触れられると不快さの指標である口を歪める行動が多く見られるということが観察されました。
そこで、授業で、子どもにとって心地よいはたらきかけをさらに多く与える、不快をともなう行動が出ないように配慮したはたらきかけを行うという指導を行った結果、不快な行動の出現率は減少し、教師の声かけに対しても心地よさを感じている際に表出すると考えられる舌出しが増加した。
高木らの事例研究からわかることは何でしょう? もちろんさまざまな解釈ができるでしょうが、一つの見方として、子どもとかかわる中では、丁寧なかかわりを積み重ね、振り返ることによって、子どもの行動の意味を把握していくことが大切なのではないかということです。
そうすることで、子どもとよりよい関係性が築ける、ということなのではないでしょうか。
最後に
「障害のある子どもたちとのコミュニケーション」という広いテーマの中で、大きく3つの視点からとらえてきました。いろいろな事例を提示させていただいたように、コミュニケーションの困難さといっても様々な実態があり、「これが良い」とは一概に言えない面があります。
つまり、一人ひとりの子どもたちの実態に応じて支援を考えていくことが大切であると言えるでしょう。
一方で、子どもたちの一見不適切であると見受けられる行動や微細な行動も、子どもたちが何か伝えようとしているサインであるとは言えるのではないでしょうか。それを逃さずつかみ、かかわっていくことが大切になるのではないかということです。
なお、この記事の参考文献は下記の通りとなります。合わせてご確認ください。
参考:
岡澤慎一(2012)超重症児への教育的対応に関する研究動向. 特殊教育学研究、 50、 205-214.
Smith Myles、 B.、 Trautman、 M. L.、 & Schelvan、 R. L. (2004) The hidden curriculum: Practical solutions for understanding unstated rules in social situations. Shwnee、 KS: AAPC Publishing. (スミス=マイルズ、 B.、 トラウトマン、 M. L.、 シェルヴァン、 R. L. 萩原拓(監修)西川美樹(訳)(2010)発達障害がある子のための「暗黙のルール」マナーと決まりがわかる本 明石書店.
高木尚・岡本圭子・森屋晶代・阪田あゆみ・小池敏英(1998)超重度障害児における応答の特徴とその表出を促す指導について. 特殊教育学研究、 36、 21-27.
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