障害者の方の職場定着支援と就労定着支援事業について
はじめに
障害者雇用で就労をしたが、うまく職場になじめずに退職をしてしまう。こんなケースを時々耳にします。厚生労働省の調査の中でも障害のある方の「就職後の早期離職」が課題となっています。調査結果では、障害のある方が1年以内に離職する割合は3割と報告されています。重要なことは、短期間で会社を辞めることを繰り返してしまうと、転職活動の際、採用する側から見ると、採用をためらうことに繋がる可能性が高まります。
理想は、何年間か継続して働き続けることです。きちんと継続して働くことは、働く側、雇用側双方にとってメリットのあることです。そこで、活用したい施策が、職場定着支援です。
この職場定着支援は平成30年4月より事業化がされました。職場定着支援を正しく活用することで、障害のある方にも雇用側にもメリットをもたらすことができます。
ここでは、なぜ障害のある方が短期間で仕事をやめてしまうのか、その理由を考察しながら、早期離職を防ぐための解決策の一つでもある職場定着支援についてまとめるとともに、平成30年4月から開始された就労定着支援事業も合わせてまとめました。
1.職場定着支援について
基本的に職場定着支援は、就労支援員が実施します。就労支援員は就労が決まるまでの支援をしますが、就労が決まった後も職場等に出向き支援をします。
この就労が決まった後のサポートを職場定着支援といいます。就労支援員は、障害のある方が安心して長く働けることを目的に支援をしていきます。職場定着支援の内容は以下のとおりです。
「障害者との相談を通じて生活面の課題を把握するとともに、企業や関係機関等との連絡調整やそれに伴う課題解決に向けて必要となる支援を実施。
具体的には、企業・自宅等への訪問や障害者の来所により、生活リズム、家計や体調の管理などに関する課題解決に向けて、必要な連絡調整や指導・助言等の支援を実施。」
引用元:厚生労働省「就労定着支援に係る報酬・基準について」
https://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-12201000-Shakaiengokyokushougaihokenfukushibu-Kikakuka/0000177372.pdf
職場定着支援をする就労支援員は、面談を通して課題解決や連絡調整をすることが求められています。就労支援員が行う面談の相手は、障害のある方だけではありません。
必要に応じて、就労先の人事担当者や障害のある方が働いている部署の担当者(上司)とも面談をしながら、チームで障害のある方を支えていきます。
実際に職場定着支援を行っている機関は、地域の障害者就労支援センター、障害者就業・生活支援センター、就労移行支援事業所、就労定着支援事業所(就労移行支援事業所に併設されているケースが多い)です。
その他独自に職場定着支援を実施している機関もあります。
障害者就業・生活支援センター(以下、センター)では、就労と日常生活の支援を必要とする障害のある方に対してセンターの窓口で相談の実施、職場・家庭訪問等により指導、相談を実施しています。
センターでは、就職活動中・在職中の障害のある方を対象に支援をしています。
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就労移行支援事業所(以下、移行)では、事業所のプログラムに基づき、作業訓練や職場実習の実施、障害のある方の適性に合った職場探し(職場マッチング)や就労後の職場定着のために支援を実施しています。対象者は、就労等が見込まれる65歳以下の者で障害者手帳がなくても利用が可能な場合があります。利用期間は原則2年間です。
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就労移行支援事業所とは 就労移行支援の概要と事業所の選び方
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地域の障害者就労支援センター
平成29年度区市町村障害者就労支援事業等実施一覧
http://www.fukushihoken.metro.tokyo.jp/shougai/nichijo/syuroshien_cemter.files/syuroushienjigyo_291001.pdf
障害者就業・生活支援センター
障害者就業・生活支援センター事業実施一覧
http://www.fukushihoken.metro.tokyo.jp/shougai/nichijo/syuroshien_cemter.files/syugyo-seikatushien_center291001.pdf
障害のある方の離職率は高いと言われています。そのため、職場定着支援の重要性が強調されることがしばしあります。
少し古いデータになりますが、障がい者総合研究所「転職・退職に関するアンケート調査」では、20~60代の就業経験者を対象にアンケート調査を実施しました。アンケート期間は2015/1/28~2015/2/3まで、有効回答者数は752名でした。
このアンケート調査でわかったポイントをまとめると、以下のとおりです。
入社してから1年以内に3割の方が退職している
1年以内に退職した方のうち、46%は精神の方であった
転職・退職に至る理由の1位は「障害の発生・状態変化、体調不良」、2位は「職場の人間関係」
転職・退職を決断する際に上司等に相談した方は46%、相談しなかった方は58%
転職・退職を決断する前に欲しかったフォローや対応の1位は「障害への理解・配慮」
アンケート調査でわかったポイントに対して、考察をしていきます。1年以内に職場を退職した障害のある方のほぼ5割が精神の方でした。
精神の方の場合(発達障害を含む)、見た目にはわかりづらい障害のため、就労先の担当者や周囲の社員が障害を理解しきれなかったかもしれません。
応募書類や情報提供の資料を見て障害に対して理解していたつもりでも、実際に対応してみると理解しきれない部分があったのではないでしょうか。
障害者雇用をする際に、雇用側が障害に対する理解がある方を配置できない場合に起こるケースだと考えられます。
あるいは、就労の際に障害のある方の自己認識が足りておらず、自分自身のことについてうまく説明できなかったのかもしれません。
その他、就労支援員がサポートしていたのにもかかわらず、職場に共有する障害のある方の情報が曖昧だったというケースも考えられます。
転職・退職を決断する前に欲しかったフォローや対応の1位は「障害への理解・配慮」でした。加えて、退職に至った理由の5位は「障がいへの理解・配慮が無かった」という回答でした。
回答は主観的に行われるものなので、客観的な判断はしづらいのですが、障害のあるご本人が、「障がいへの理解・配慮が無かった」→「職場の人間関係」の悪化→「障害の発生・状態変化、体調不良」となっていったのが原因と言えるかもしれません。
障害への配慮とは、「してあげるもの(企業側)」「してもらうもの(障害のある方)」ではありません。
配慮は、「調整」という意味合いです。調整のための定期的な相談は行われていたのか。加えて、雇用側と障害者側、あるいは支援者側が合理的配慮に対するアプローチを知っていたのかは疑問が残ります。
転職・退職を決断する際に、上司等に相談しなかった方は58%です。
信頼関係を築けなかった、相談できる体制が整っていなかった、上司とウマが合わなかった等、さまざまな要因が考えられますが、正しい形で職場定着支援を有効に活用していれば相談はできたはずです。
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障害者雇用で早期退職を防ぐ職場マッチング
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職場定着支援の代表的な方法が定期面談です。面談の目的は、障害のある方のサポートですが、そこには忘れてならない視点があります。それは、障害者雇用促進法の基本理念の中に記されています。
「障害者である労働者は、経済社会を構成する労働者の一員として、職業生活においてその能力を発揮する機会を与えられるものとする。
障害者である労働者は、職業に従事する者としての自覚を持ち、自ら進んで、その能力の開発及び向上を図り、有為な職業人として自立するように努めなければならない。」
引用:e-Govホームページ「障害者の雇用の促進等に関する法律」http://elaws.e-gov.go.jp/search/elawsSearch/elaws_search/lsg0500/detail/335AC0000000123_20160401_427AC0000000017/0?revIndex=4&lawId=335AC0000000123
働く障害のある方は、一人の労働者であることを意識して、積極的に仕事に取り組み、自立していくように努めなければならない、と記されています。理念の中には、障害のある方を雇う側の責務についても言及されています。
障害のある方が自立に向けて努力をするときに、協力する責務
障害のある方の能力を正当に評価して、雇用の場を提供
適切な雇用管理をして、雇用の安定の実現
この障害者雇用促進法の理念は、職場定着支援の考え方のベースになる部分です。障害のある方に求められるもの、雇用側に求められるものを意識しながら職場定着支援を実施できるといいでしょう。
職場定着支援の面談は障害のある方だけではなく、就労先の人事の方や職場の担当者とも実施します。面談のペースは、2週間に1回になるのか、1ヵ月に1回になるのか、3ヶ月に1回になるのかわかりません。
障害のある方の状態により変化します。当然ながら、職場で安定している方に対して、頻繁に面談することはほとんどありません。
ただし、入社当初や職場の担当者の異動・変更、環境の変化が大きい時は、支援の量(面談の回数)が必然的に増えていきます。
支援の量が減るのは、障害のある方が仕事を覚え、主体的に仕事に取り組み、安定した状態で職場に馴染んだ頃です。業務上のことであれば、障害のある方と職場の担当者だけで話し合いをして、諸問題の解決を目指すのが理想の状態です。
その理想の状態を目指して就労支援員は、職場定着支援のアプローチを組み立てていきます。
時間の経過とともに、障害のある方の生活に変化があり、同様に職場環境にも変化があるため、状況確認を含めた長期スパンの定期面談は必要になります。
一方で勤務を開始して何年も経過するのに、就労支援員が職場に何度も訪問する状態は、職場と障害のある方のマッチングがうまくいっていない可能性が考えられます。
障害のある方が長く働き続けるためには、職場マッチングが重要になります。移行支援施設に通うと障害のある方が就労のための訓練や支援を受けることができます。
その中で就労支援員と共に就職先を探していきます。移行支援施設では、障害のある方の日々の様子、連携機関への情報収集、職場体験実習を通してアセスメント(障害のある方を多面的に分析、評価し、問題解決の実現性や結果予測)を実施します。
その情報をもとに適した職場を探していきます。同時に採用側のニーズを把握しながら、仕事と障害のある方を引き合わせていきます。これが職場マッチングです。
職場定着支援の方法は、雇用側、センター、移行の考え方、障害のある方の状態やニーズにより変化しますが、よくある一番ベーシックな面談の方法を記載していきます。
1. 職場の担当者の話を聞く(事前にメールや電話で確認することもある)
現状の確認(勤務の様子、業務上できている部分、改善点など)
担当者の困りごとの確認
障害のある方に伝えてほしいことや確認してほしいことの聞き取り
2. 障害のある方の話を聞く
現状の確認(勤務状況、業務上できている部分、改善点、生活面など)
障害のある方の困りごとの確認
担当者に伝えたいことがあれば整理する
担当者からの意見や確認事項を障害のある方に伝わるように説明する
3. 担当者、障害のある方、就労支援員で3者面談(担当者と支援員のみの場合もあります)
双方で話し合ったことを就労支援員が整理(事実確認)
障害のある方から担当者に伝えたいことがあれば話す(支援員がサポートすることあり)
3者で今後の方針の確認
面談だけでは状況の把握をしきれないこともあるので、職場から要請があれば、就労支援員が障害のある方の働いている様子を確認することもあります。その際には、業務改善や職場環境について、何かしらの提案をすることもあります。
職場定着支援の面談では障害のある方の生活面の話も伺います。なぜならば生活面の安定が就労の安定に直結するからです。
話を聞く中で現状の整理をしながら、必要があれば家族・その他関係機関と連携をすることや、新たな社会資源につなげることもあります。
*社会資源:社会資源とは、利用者のニーズの充足、問題解決するために活用される各種の制度・施設・機関・設備・資金・物質・法律・情報・集団・個人の有する知識や技術等を総称していう(『精神保健福祉用語辞典』中央法規より)
参考
障がい者総合研究所「転職・退職に関するアンケート調査」
http://www.gp-sri.jp/report/detail009.html?__hstc=159017573.d6ac5a8a8b1d841a8013e540de52e8c1.1555635439431.1555635439431.1555635439431.1&__hssc=159017573.1.1555635439431&__hsfp=1846326117
2.就労定着支援事業について
平成30年4月より障害福祉サービス「就労定着支援事業」が開始されました。
概要としては、一般就労へ移行した障害のある方について、就労に伴う生活面の課題に対し、就労の継続を図るために企業・自宅等への訪問や障害のある方の来所により必要な連絡調整や指導・助言等を行うサービスです。
障害のある方が新たに雇用された職場での就労の継続を図るため以下の2点が実施されます。
雇用側、就労定着支援事業、関係機関その他の者との連絡調整(法定事項)
雇用に伴い生じる日常生活又は社会生活を営む上での各般の問題に関する相談、指導及び助言
生活介護、自立訓練、移行または就労継続支援を利用して一般就労した方であって、就労を継続している期間が6ヶ月を経過した障害のある方です。
移行と就労定着支援事業は、連続して同じ事業所が行うケースが大半です。職場マッチングを図った移行の就労支援員がそのまま就労定着支援事業の定着支援を行うことができれば理想でしょう。
なぜならば、職場マッチングを図った就労支援員が支援をしている障害のある方と紹介した企業を一番把握していると考えるのが自然だからです。
加えて、就労支援の担当が変わるという心理的なストレスも軽減できます。定着支援の中で一番避けたいのが、当人のことをよく知らない支援員が支援をする状態です。
障害のある方のニーズや事業所の運営上の問題で止むを得ず担当が変わることもありますが、その際の引き継ぎは丁寧に行う必要があります。
就労定着支援事業を利用したい場合、すべての移行が就労定着支援事業を実施しているわけではないため、事前に移行に対して就労定着支援事業を実施しているのか、確認する必要があります。
定着支援が6ヶ月間(移行の定着支援期間)で十分な場合は、就労定着支援事業を無理に希望する必要もありません。
その場合は、支援が立ち切れにならないように、就労してから6ヶ月後の引継ぎ方法等をよく就労支援員と相談する必要があります。
1、住まいの自治体の担当窓口(区役所障害福祉課、保健センター等)に問い合わせ
申請は障害のある方が直接窓口に行き手続きをする必要があります。受給者証の交付まで一定期間かかります。
2、サービス受給者証が交付された後、利用開始
基本的には無料です。所得によって一部自己負担金が発生する場合があります。
参考
厚生労働省「就労定着支援に係る報酬・基準について」
https://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-12201000-Shakaiengokyokushougaihokenfukushibu-Kikakuka/0000177372.pdf
厚生労働省「障害福祉サービスについて」
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/hukushi_kaigo/shougaishahukushi/service/naiyou.html
最後に
障害のある方が長く働き続けられない理由は様々あります。具体的には、職場マッチングがうまくいかなかった、雇用側の受け入れ態勢が整っていなかった、定着支援が機能していなかった、障害のある方自身の働く準備が整っていなかった等が考えられます。
逆に言えば、職場マッチングがうまくいき、企業側の受け入れ体制が整っていて、定着支援が機能して、障害のある方自身の働く準備整っている状態であれば高確率で長く働き続けることが可能です。
障害のある方が自分で上記の内容を確認・判断することもできますが、限界があるのも事実です。
自分自身を客観的に把握する、求人票だけではわからない職場の情報を聞き出す、定着支援のアプローチの理解、働くうえで必要なことの相談、これらを支援してくれるのが就労支援機関です。
そのため、自分に合った就労支援員や移行を見つけることが重要になります。
長く働き続けるための解決策の一つが定着支援の利用です。障害者雇用促進法の理念の中には、障害のある方側に求められる事項(働くことの意識、主体性、自立)、雇用側に求められる事項(主体性・自立のサポート、正当な評価、雇用の安定)が記載されています。
両者に求められる事項は、定着支援のアプローチのヒントになっています。それらを意識しながら長く働き続けることを関係者、関係機関と協力しながら進めていくことが重要になります。
定着支援事業は開始してから一年弱しか経過していない事業であるため、具体的な定着支援の方法等は各事業所に確認することをお勧めします。
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