ペアレント・トレーニング ADHDを中心とした発達障害での困りごとへの対応
はじめに
ペアレント・トレーニングという言葉をご存知でしょうか? ADHDをはじめとする発達障害のあるお子さんをもつ保護者の方にとって、障害があるがゆえのお子さんの好ましくない行動に、悩まれることも多いことでしょう。実際、お子さんの好ましくない行動が何度言っても治らないという経験を、多くの保護者の方が持たれていることがさまざまな調査でもわかっています。
そのような保護者の方の悩みを解決するためのものとして、ペアレント・トレーニングというものがあります。
ただし、その名が示すとおり、このトレーニングはお子さんに対するトレーニングではなく、保護者の方に対するお子さんへの接し方のトレーニングです。
ここでは、ペアレント・トレーニングについて、ペアレント・トレーニングとは何か、ペアレント・トレーニングで学ぶことなどを中心にまとめています。
1. ADHDによる困りごと
ADHDとは、注意欠陥多動性障害とも呼ばれる発達障害の一つで、文科省は次のように定義をしています。
「ADHDとは、年齢あるいは発達に不釣り合いな注意力、及び/又は衝動性、多動性を特徴とする行動の障害で、社会的な活動や学業の機能に支障をきたすものである。また、7歳以前に現れ、その状態が継続し、中枢神経系に何らかの要因による機能不全があると推定される。」
ADHDの基本的な症状には以下のような3つの特徴があります。
① 多動性:いつも落ち着きがなく、そわそわしている
② 衝動性:後先考えず思いつきで行動してしまう
③ 不注意:集中できず、気が散りやすい
このような症状が、たとえば、気になるものを見つけて道に飛び出してしまう、友達の持ち物を「貸して」「見せて」などが言えずに取ってしまう、順番を待つのが難しい、他人の会話やゲームに割り込む、話しかけられていても聞いていないように見える、期限が守れない、やらなければならないことがたまる、整理整頓ができない、忘れ物や紛失が多いといった「好ましくない行動」を引き起こしてしまいがちと考えられています。
【関連記事】
注意欠陥多動性障害(AD/HD)とは?
https://jlsa-net.jp/hattatsu/adhd/
「図-子どもの好ましくない行動にまつわる悪循環の回路」
お子さんに好ましくない行動が多く見られるとき、上図のような悪循環に陥りがちであると考えらえます。さらにこのような悪循環が続くことで、さまざまな障害をもたらす可能性もあるため、何らかの対策を講じる必要があるのです。
参考:
文科省 ホームページ
主な発達障害の定義について
http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/tokubetu/004/008/001.htm
厚労省
e-ヘルスネットホームページ
AD/HD(注意欠陥/多動性障害)の診断と治療
https://www.e-healthnet.mhlw.go.jp/information/heart/k-04-003.html
医療法人あすか ホームページ
ペアレントトレーニングを学んで、親子関係の悪循環から、プラスの親子関係へ
http://www.asuka-net.or.jp/wp-content/uploads/%E6%82%AA%E5%BE%AA%E7%92%B0%E3%81%8B%E3%82%89%E3%83%95%E3%82%9A%E3%83%A9%E3%82%B9%E3%81%AE%E8%A6%AA%E5%AD%90%E9%96%A2%E4%BF%82%E3%81%B8.pdf
http://www.asuka-net.or.jp/
2. ペアレント・トレーニングとは?
ペアレント・トレーニングは、ここまでに見てきたような悪循環の回路に陥らないようにするため、保護者の方を対象に、子どもの適切な養育技法を指導するプログラムの総称です。
そもそもは子育てに悩み、ストレスを感じ、また不安を抱える保護者の方に、子どもとの適切な関わり方を教えるものとしてアメリカで開発されたもので、行動療法をその理論的な土台としています。
保護者は自分の子どもに対して最良の治療者になることができるという考えに基づき、保護者の方に子どもの養育技法を身につけてもらうことが主眼となっています。
ペアレント・トレーニングは、日本では、ADHDを中心とした発達障害のあるお子さんをもつ保護者のためのトレーニングとして広まってきた面があります。
発達障害に関する社会的な関心が高まり、障害の特性に合った支援方法が検討される中で、アメリカで開発されたトレーニング方法が日本版として改良されていった面があるのです。
実際、厚労省はペアレント・トレーニングを「発達障害者の親が自分の子どもの行動を理解し、発達障害の特性をふまえたほめ方やしかり方を学ぶための支援」と定義しています。
代表的な日本版のペアレント・トレーニングには、肥前方式、奈良方式、精研方式、鳥取方式などがある他、トレーニングを提供する団体などによっても、細かな違いがあるようです。
「図-ペアレント・トレーニングの基本」
ペアレント・トレーニングは、基本的には次のようなプログラムで構成されています。いずれも、「保護者の方が」そのノウハウを学び、習得を目指すものであるというのがポイントです。
子どもの行動を、「刺激」「反応」「反応の結果」の3つの視点からとらえることを学びます。具体的には、「刺激:どのような条件や状況のとき」、「反応:どのような行動が見られ」、そして「反応の結果:どのようなことが起きたのか」、詳細に整理していくことになります。
子どもの行動を、保護者が「増やしたい行動」「減らしたい行動」「止めさせたい危険な行動」に分類します。
それぞれの行動について、その対応の方法を学びます。増やしたい行動の場合は、喜びやうれしさといった感情を表に出すことが重要になる一方で、減らしたい行動、止めさせたい行動の場合は、冷静に対応することがポイントになります。
1) 増やしたい行動の場合
その手法はさまざまあるようですが、基本的にはホメることになります。子どもはホメられることによって、「どのような行動をとればホメられるのか」を理解していきます。
それがくり返される中で、何が好ましい行動なのかということを理解していくことにつながるということです。
2) 減らしたい行動の場合
「計画的な無視」、「次にすべき行動の指示」、「その子どもが好むことを与えない」といった対応をします。計画的な無視とは、既に明確になっている「減らしたい行動」について、その行動をとった場合は無視をするということです。
「事前に無視をすることを決めている」という意味で、「計画な無視」と表現するわけです。
3) 止めさせたい危険な行動の場合
まずは、子どもの視線に入るよう近づき、視線を合わせ、冷静に落ち着いた声で、その行動は止めなければならない危険な行動であることを伝えます。
さらにその行動をやめるまでの時間的な猶予とその行動をやめなかった場合に子どもが失うもの、たとえば、好きなことがやれなくなるといったことを提示します。それでもやめなかった場合、実際に提示した「失うもの」を実際に行います。
ペアレント・トレーニングによって、子どもの好ましい行動の増加と、好ましくない、あるいは止めさせたい行動の減少、目標行動の獲得、保護者の方の養育技術の向上とストレスの低下、うつ状態の軽減といった効果が得られることが、さまざまな研究で明らかになっています。
このため近年では、病院の他、地域の保健センター、児童相談所、児童養護施設、学校等多種の機関において、ペアレント・トレーニングが実施されるようになってきています。
また、ペアレント・トレーニングの効果は、トレーニングの終了後も維持されることが明らかになっています。
たとえば、「子どもの身辺自立と好ましくない行動の改善、保護者の養育技術に関する知識の増加、保護者のストレスや抑うつの改善といった効果がトレーニング終了後1年間維持された」との研究結果がある他、「トレーニング中とトレーニング10か月後を比較した結果、養育スキルのうち関心や言葉かけといったポジティブなスキルが維持され、心理的ストレス反応が減少した」との研究結果もあります。
「図-ペアレント・トレーニング、その5つの意義」
ペアレント・トレーニングの効果も踏まえると、それを保護者の方が学ぶ意義は、次の5点に整理できるでしょう。
① 同じような悩みを持つ保護者の存在を知り、その難しさを共有できること
② 子どもへの関わり方を学ぶことで、親子関係を改善できること
③ 子どもの行動を管理できるようになること
④ 子どもの行動や言動が変化し、子どもをより愛おしく感じられるようになること
⑤ 子育てに対する自信を取り戻すこと
参考:
東京女子医科大学学術リポジトリTwinkle
発達障害児のペアレント・トレーニングの効果と今後の課題
https://twinkle.repo.nii.ac.jp/
愛知教育大学学術情報リポジトリ
日本におけるペアレント・トレーニングの展開と今後の方向性
https://aue.repo.nii.ac.jp/index.php?action=pages_view_main&active_action=repository_action_common_download&item_id=4419&item_no=1&attribute_id=15&file_no=1&page_id=13&block_id=21
特定非営利活動法人 アスペ・エルデの会
「市町村で実施するペアレントトレーニング」に関する調査について
http://www.as-japan.jp/j/file/rinji/26korosho_houkokusho.pdf
医療法人あすか ホームページ
ペアレントトレーニングを学んで、親子関係の悪循環から、プラスの親子関係へ
http://www.asuka-net.or.jp/wp-content/uploads/%E6%82%AA%E5%BE%AA%E7%92%B0%E3%81%8B%E3%82%89%E3%83%95%E3%82%9A%E3%83%A9%E3%82%B9%E3%81%AE%E8%A6%AA%E5%AD%90%E9%96%A2%E4%BF%82%E3%81%B8.pdf
http://www.asuka-net.or.jp/
3. ペアレント・トレーニングの可能性と限界
ペアレント・トレーニングが、発達障害のあるお子さんをもつ保護者のトレーニングとして注目され、また、多くの方の興味を引くようになった結果、ペアレント・トレーニングの正しい理解がされず、いくつかの誤解も生じている面があるようです。
以下、よく聞かれる誤解について見ていきます。
既に見てきた通り、ペアレント・トレーニングは、発達障害のあるお子さんをもつ保護者の方を支援するものとして、日本へ導入されたという経緯があります。
しかし、これも既に見ているとおり、もともとはアメリカで開発されたものであり、子育てに悩み、ストレスを感じ、また不安を抱える保護者の方に子どもとの適切な関わり方を教えるものです。
その意味で、発達障害のあるお子さんをもつ保護者の方だけに必要なトレーニングというわけではないのです。まして、保護者に問題があるから、その教育のために開発されたものであるというのは、明らかな誤解です。
むしろ、「すべての保護者の方々に必要となる、子どもとの適切な接し方のポイントが凝縮されたもの」と言い換えてもよいのではないでしょうか。
ペアレント・トレーニングにおいては、子どもの好ましくない行動を無視するという手法がとられます。しかしペアレント・トレーニングにおける無視は、子どもが自分の行動が好ましくないことだと気づかせるための方法です。
自分の子どもの好ましくない行動を放置するどころか、むしろ、それを改善するためのひとつの段階として、無視という手法が取られているのです。
とはいえ、ペアレント・トレーニングに課題がないわけではありません。
ペアレント・トレーニングに関する問題点でも見た通り、その正しい理解がされていない点は、ペアレント・トレーニングの一つの大きな課題と言えます。やはり、正しい認識を得られるような工夫をしていくことは、非常に重要になると言えるでしょう。
これも既に見てきているとおり、日本におけるペアレント・トレーニングは、発達障害のあるお子さんをもつ保護者の方向けに発展してきた面があることは否定できません。
ただ、たとえば育児ノイローゼ呼ばれるようなものは、発達障害のある子どもをもつ保護者の方だけ起こり得る問題ではないでしょう。
より適切な養育を誰もができるよう、より多くの方が同じように利用できる環境を整備していくことが必要になると言えるのではないでしょうか。
ただ、ペアレント・トレーニングは、それを指導する側に、応用行動分析学や心理学に関する専門性が求められる面があると言われています。
この結果、一度は導入してみたものの、難しすぎて、継続して実施することができないといった自治体も出てきているとのこと。
つまり、全国的に普及させるハードルが高いと言われている部分もあるのです。
そのような事情がある中で、ペアレント・トレーニングをより簡易なものとしたペアレント・プログラムを普及しようという試みが始まっており、その動きの拡大が待たれるところでもあります。
参考:
立正大学学術機関リポジトリ
発達障害のペアレントトレーニング 短縮版プログラムの有用性に関する研究
http://repository.ris.ac.jp/dspace/bitstream/11266/5197/1/shinrikenkiyo_008_055.pdf
吉備国際大学
発達障害児の保護者を対象としたペアレント・トレーニングの長期的課題―ブースタープログラムの実践―
https://kiui.jp/pc/clinical/kiyou/data/pdf2010/01_1.pdf
愛知教育大学学術情報リポジトリ
日本におけるペアレント・トレーニングの展開と今後の方向性
https://aue.repo.nii.ac.jp/index.php?action=pages_view_main&active_action=repository_action_common_download&item_id=4419&item_no=1&attribute_id=15&file_no=1&page_id=13&block_id=21
特定非営利活動法人 アスペ・エルデの会
「市町村で実施するペアレントトレーニング」に関する調査について
http://www.as-japan.jp/j/file/rinji/26korosho_houkokusho.pdf
最後に
ペアレント・トレーニングは、保護者の方を対象に、適切な養育技法を指導するプログラムの総称です。
ペアレント・トレーニングは、日本では、ADHDを中心とした発達障害のある子どもをもつ保護者のためのトレーニングとして広まってきた面がありますが、子どもの好ましくない行動に悩むすべての保護者の方が大いに参考にできるものでもあります。
ペアレント・トレーニングには、さまざまな方式がありますが、基本的には「子どもの行動を分析する」、「変化させたい好ましくない・減らしたい行動を明確にする」、「ホメ方・計画的な無視の仕方・指示の出し方を習得する」という3つで構成されています。
また、3点目については、行動ごとにその基本的な対応方法があります。
近年では、病院の他、地域の保健センター、児童相談所、児童養護施設、学校等多種の機関において実施されていますので、好ましくない行動に悩まれているという場合、お子さんに障害があるかないかに関わらず、トレーニングを受ける相談をしてみても良いのではないでしょうか。
なお、この記事に関連するおススメのサイトは下記の通りとなります。参考までご確認ください。
参考:
文科省 ホームページ
主な発達障害の定義について
http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/tokubetu/004/008/001.htm
厚労省
e-ヘルスネットホームページ
AD/HD(注意欠陥/多動性障害)の診断と治療
東京女子医科大学学術リポジトリTwinkle
発達障害児のペアレント・トレーニングの効果と今後の課題
https://twinkle.repo.nii.ac.jp/
愛知教育大学学術情報リポジトリ
日本におけるペアレント・トレーニングの展開と今後の方向性
https://aue.repo.nii.ac.jp/index.php?action=pages_view_main&active_action=repository_action_common_download&item_id=4419&item_no=1&attribute_id=15&file_no=1&page_id=13&block_id=21
立正大学学術機関リポジトリ
発達障害のペアレントトレーニング 短縮版プログラムの有用性に関する研究
http://repository.ris.ac.jp/dspace/bitstream/11266/5197/1/shinrikenkiyo_008_055.pdf
吉備国際大学
発達障害児の保護者を対象としたペアレント・トレーニングの長期的課題―ブースタープログラムの実践―
https://kiui.jp/pc/clinical/kiyou/data/pdf2010/01_1.pdf
愛知教育大学学術情報リポジトリ
日本におけるペアレント・トレーニングの展開と今後の方向性
https://aue.repo.nii.ac.jp/index.php?action=pages_view_main&active_action=repository_action_common_download&item_id=4419&item_no=1&attribute_id=15&file_no=1&page_id=13&block_id=21
医療法人あすか ホームページ
ペアレントトレーニングを学んで、親子関係の悪循環から、プラスの親子関係へ
http://www.asuka-net.or.jp/wp-content/uploads/%E6%82%AA%E5%BE%AA%E7%92%B0%E3%81%8B%E3%82%89%E3%83%95%E3%82%9A%E3%83%A9%E3%82%B9%E3%81%AE%E8%A6%AA%E5%AD%90%E9%96%A2%E4%BF%82%E3%81%B8.pdf
http://www.asuka-net.or.jp/
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