厚労省 認知症を患う方の意思決定支援のガイドラインを発表
はじめに
厚労省が認知症を患う方の意思決定の支援のあり方について、それをまとめたガイドラインを公表しました。日本経済新聞は「身ぶり・表情で意思 察して」というような見出しでこのガイドラインの公表を取り上げていましたが、実際にはご家族や後見人の方など、認知症を患う方を支援されている方々への「大きな期待」がまとめられたガイドラインとなっている面があります。そこで、ここではご家族や後見人の方など、認知症を患う方を支援されている方に押さえておいていただきたいガイドラインのポイントを中心にまとめています。
1. 厚労省がまとめた「認知症の人の日常生活・社会生活における意思決定支援ガイドライン」
社会で生きるということは、意思決定の連続であると言えます。意思決定とは、「ある状況や将来起こると考えられる状況について、その時点で選択できる手段の中から、ある特定の手段を選択すること」です。このように書くと「こんなに堅苦しいこと、本当に連続しているの?」と思うかもしれません。
しかし、朝起きること自体も実は意思決定。「そのまま寝ていよう」とすることもできるからです。服に着替えることも、また、その服を選ぶことも意思決定。意識せずに行っていることも含め、意思決定をしていると言えます。他にも、仕事を選ぶ、結婚する、住まいを決めるといったことも大きな意思決定です。
子どものいらっしゃる方が「子ども中心の生活で自分の意思など持てない」と言われることもあるようですが、実際には子どもをつくるという意思決定が、その前の時点で既に行われた結果だという意味で、やはり自らの意思と言えるのです。
このように見ると、多くのことを自分の意思で決めているようにもまた感じるのではないでしょうか? そして、多くの方が自分の意思で決めることは当たり前のことと感じられるのではないかと思われます。
では、認知症を患っている方の場合はどうでしょうか? 実は「日常生活や社会生活におけるさまざまな決定が、ご本人の意思に関係なく行われているケースが頻発している」と考えられています。
認知症などにより、判断能力が不十分な方々は、民法上の行為能力を欠くとされており、重要な契約の締結や金融機関の手続きなどができません。また、日常生活に必要な財産管理が難しく、悪質商法や消費者被害の標的になりやすいと予想されています。
さらに昨今では、必要な食事が提供されない、清潔に保つ支援がされないといったことを含む認知症を患う方々への虐待が大きな問題にもなっています。つまり、認知症を患うことで、その方々が自分の本当の意思に関係なく、さまざまな問題に直面しているケースが多数発生しているということです。
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このように、実は自らの意思で決めることは決して当たり前ではないと言えるのです。
これまで見てきた意思決定に関わる問題は、認知症を患う方の増加により、さらに大きな問題となっていく可能性があります。
そもそも認知症とは、年齢を重ねることに伴う「病気」の一つです。
生まれた後、いったん正常に発達した脳の細胞や神経機能が、さまざまな原因により死んでしまったり、働きが悪くなったりすることで、「記憶・判断力の障害などが起こり、社会生活や対人関係に支障が出ている状態(およそ6か月以上継続)」を言います。
認知症にはさまざまな種類のものがありますが、このうち、「三大認知症」として、以下の3つのタイプの認知症があげられます。
1) アルツハイマー型認知症
2) 脳血管性認知症
3) レビー小体型認知症
「図-認知症を患う方の数」
認知症は、加齢に伴い発症する可能性が高まるという意味で、誰もが発症する可能性がある身近な疾患です。
認知症を患う方の人数に関する調査は多くあり、さまざまな説(推計)がされていますが、「日本における認知症の高齢者人口の将来推計に関する研究」(平成26年度厚生労働科学研究費補助金特別研究事業 九州大学 二宮教授)においては、2012年時点で462万人(65歳以上の人口の15%)となっており、2025年には700万人(同20%)になると推計されています。
このように超高齢社会である日本では、今後も認知症を患う方が増えることが予想されているのです。
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認知症とは? 認知症の種類や症状
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認知症を患う方の増加と、また、認知症を患う方の「意思決定」に関する課題を解決するためには、ご家族の方を含む支援者の方々による「支援のあり方」が重要になります。このような状況の中で、大きな役割を期待されているもののひとつに、成年後見制度があります。
成年後見制度とは、精神障害や知的障害、認知症などによって判断能力が不十分な方々を保護し、支援する制度です。
判断能力が不十分な方々の場合、たとえば、物の売り買いを含むご自身の財産管理であったり、介護などのサービス利用や施設利用に関する契約を結んだりといった、日々必要となる契約を、ご自身で行うことが難しい場合があります。
また、ご自身にとって不利益な内容であっても、よく判断できずに契約を結んでしまったり、いわゆる悪徳商法の被害に遭うなどの恐れがあったりもします。このような問題の発生を未然に防いだり、解決したりといった、保護・支援するしくみが成年後見制度です。
2017年1月の成年後見制度利用促進委員会で、成年後見制度について、「成年後見制度の利用者がメリットを実感できる制度・運用の改善が必要」との意見が出され、その大きな内容は「財産管理のみならず、意思決定支援・身上保護も重視すべきだ」というものでした。
つまり、「これまでの成年後見制度はお金の管理面を中心に実際の支援がされており、利用されている方がそのメリットを感じにくい面が多い」という意見が出されたということです。
なお、この委員会では他にも、「成年後見制度の利用者である精神障害や知的障害、認知症などによって判断能力が不十分な方々の、権利擁護支援の地域連携ネットワークづくり」が必要だとの指摘、「成年後見制度を利用した財産管理面での不正の防止とその一方での利用のしやすさ」の両立・バランスが必要だとの指摘がされています。
【関連記事】
成年後見制度 精神障害や知的障害、認知症など判断能力が不十分な方を保護・支援する
https://jlsa-net.jp/sks/seinenkouken/
参考:
厚労省ホームページ
認知症施策関連ガイドライン(手引き等)、取組事例
http://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000212395.html
「地域共生社会」の実現に向けて
http://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000184346.html
内閣府ホームページ
成年後見制度利用促進委員会意見(平成29年1月)のポイント
http://www.cao.go.jp/seinenkouken/iinkai/pdf/gaiyou.pdf
立教大学ホームページ
認知症高齢者の生活ケアと意思決定支援に関する考察
http://www.rikkyo.ac.jp/sindaigakuin/sd/research/journal201615/pdf/15_SAKURAI.pdf
法務省 ホームページ
成年後見制度 ~成年後見登記制度~
http://www.moj.go.jp/MINJI/minji17.html#a3
公益財団法人 成年後見センター・リーガルサポート ホームページ
https://www.legal-support.or.jp/support
2. 認知症の人の日常生活・社会生活における意思決定支援ガイドラインのポイント
「図-認知症の人の日常生活・社会生活における意思決定支援ガイドラインの全体像」
このような中で、厚労省が2018年6月に公表したのが「認知症の人の日常生活・社会生活における意思決定支援ガイドライン」です。以下で、そのポイントについて確認していきます。
このガイドラインは、「意思決定を支援する」ガイドラインです。
よって、「認知症を患う方の支援者すべてが利用するガイドラインである」と言うことができます。つまり、ケアサービスを提供する方々や行政の職員などだけでなく、ご家族の方々、成年後見人の方々、地域で見守り活動を行う方々などなど、ご本人を支援する、あるいはご本人と接するすべての方々のためのガイドラインなのです。
その名称からもわかるように、大きくは2つの種類の生活の意思決定を支援するためのガイドラインとなっています。
日常生活の意思決定では、これまでご本人が過ごしてきた生活が確保されることを尊重することが原則とされています。具体的な内容としては、たとえば、食事、入浴、服装、外出、排せつ、整容などの基本的生活習慣や、ケアサービスなどで提供されているプログラムへの参加を決めることなどが考えられますが、もちろんこれらだけに限られるわけではありません。
社会生活の意思決定の具体的な内容としては、たとえば、自宅からグループホームや施設等に住まいの場を変えること、ひとり暮らしを選ぶかどうか、どのようなケアサービスを選ぶか、ご本人の財産を処分することなどが考えられます。
このような意思決定を行うのは、認知症を患う方という考え方であることが重要です。つまり、支援される方々は、認知症を患う方の意思決定を支援する立場だということです。
意思決定能力が不足しているのに、どのようにご本人の意思がわかるのか? と思われるかもしれません。ここで重要になるのは、以下の2つの視点と考えられます。
認知症により意思決定能力が低下しているといっても、その程度はさまざまです。よってまずは、ご本人の能力に応じて、ご本人が理解できるように説明することが大切になるとされています。
認知症を患う方の場合、それ以前は判断能力を持たれていたはず。そこで、ご本人の価値観や健康観、生活観が想定できる部分があると考えられます。そこで、もしご本人の意思決定能力が維持されていたとしたら、その状況を理解したご本人が望むだろう、あるいは、好むだろうと考えられることを、支援される方々が推し量り、結論を出していくことが必要だとされています。
このことは、ご家族の方の積極的な関与が大切であることも示しています。また、場合によっては、写真や日記など、ご本人の想いが表現されているものを共有しながら判断していくことも大切になると考えられます。
ご本人に意思決定してもらうためには、その手順も重要と言えます。このガイドラインでは、大きく2つのポイントが提示されています。
周囲の人全員が賛成だと言ったから、自分は反対だと思っていたのに、そうとは言えなかった・・・というような経験をお持ちの方は多いのではないでしょうか? このように、意思決定においては、その能力の有無に関わらず、さまざまな環境の影響を受けることはご理解いただけるでしょう。よって、このような影響を受けないような環境を整えた上で、意思決定してもらうことが大切とされています。
具体的なポイントとしては、以下があります。
1) 信頼関係
この人には言えるけれど、あの人には言えないというようなことは、誰にでもあるものです。よって、まずはご本人がどのような意思決定をしたとしても、それをきちんと受け止めてもらえると安心できるような支援者が、ご本人の意思決定に関与することが非常に大切になるとされています。とはいえ、信頼関係というものは、一朝一夕に作れるものではありません。やはり日頃からの密接な関係づくりが重要になると言えます。
2) 集中できる時間を選ぶ
人はどんなに健康な人であっても、疲れているときには判断能力が鈍るもの。これは認知症を患う方であっても同様で、一日のうち、あるいは、一定期間の周期の中で、意思決定能力が発揮しやすい時があると考えられます。よって、意思決定をしてもらうときには、そのタイミングに十分配慮し、結論を出すことを急ぎ過ぎないことも非常に重要になるとされています。
3) 意思決定しやすい場づくり
人は初めての場などで緊張するものです。こうした場でご本人が意思決定するとしたとき、いつもとは異なる判断をしがちであることも予想することができるでしょう。よって、ご本人が慣れた場で、ご本人が安心できるような態度で接しながら、意思を示してもらうことが大切とされています。
意思決定は、意思を固め、固めた意思を表現するという、大きくは2つのステップを踏むことになります。認知症を患っている場合、それぞれに課題が発生する可能性があるという点の理解がまずは大切になると言えるでしょう。実際、ガイドラインにおいても、この2つのステップは別のものとしてそれぞれ提示され、またそれぞれにポイントがあるとされています。
1) 意思を固める支援 = 意思形成支援
意思を固めるには、以下の4点が最低限整えられていることが重要とされています。
・意思を形成するのに必要な情報が説明されているか
・理解できるよう、わかりやすい言葉や文字にして、ゆっくりと説明されているか
・理解している事実認識に誤りがないか
・自発的に意思を形成するに障害となる環境等はないか
その上で、「どうしたいですか?」というような、「ご本人が選択肢を考え、その中からご本人が選択できる」ような支援のあり方が望ましいとされています。一方で、ご本人が選択肢を考えられない場合もあるでしょう。そのような場合は、なるべく多くの選択肢を提示することが大切とされています。
2) 固めた意思を表現する支援 = 意思表明支援
意思を固めても、その意思をうまく表現できるとは限りません。意思表明の支援のポイントをまとめると、以下のようになります。
・先に示した環境の整備、意思を表明する場づくり
・決断を急がない、ご本人を焦らせない
・表情や身ぶりなども、重要な意思の表明
最後のポイントについては少し補足します。
ご本人の意思は、必ずしも言葉で表現されるものばかりではありません。言葉とは裏腹にということも往々にして起こりがちです。それでも意思をくみ取るには、視線などの動きの小さなもの、あるいはプラスの感情を示すときの日頃のクセといった表情や身ぶりなども、意思決定の支援としては重要な情報になると考えられるということです。
つまり、日頃の信頼関係づくりや、ご本人の状況の観察といったものが重要になるということだと言い換えられるでしょう。
ご本人の意思決定支援においては、注意すべきポイントがいくつかあります。特に注意が必要なのは以下の2点と言えるでしょう。
1) 意思の整合性
ご本人の示した意思が、それまでのご本人の価値観などと整合性が取れていない場合があります。これは、ご本人がその状況を十分理解できていなかったり、意思決定する環境に影響を受けていたりする可能性があります。よって、特に社会生活に関する意思決定をする場合などは、改めて意思を確認する場を設けるといった工夫が必要とされています。
2) 意思の変化
ご本人が示した意思は、時間の経過や置かれた状況で変化する可能性があります。よって、適宜その意思の再確認をすることが大切になります。場合によっては意思決定について、初めから複数回の場を設けることを前提に、支援を行うことを検討することも一つの方法でしょう。
ご本人が意思を決定すれば終わりということにもなりません。その意思をどう実現するか、その支援も重要です。福祉サービスにはさまざまな種類のものがありますし、また、そのサービスを提供している事業所も複数あります。ご本人の意思に対して、複数の情報・手段を持って、その実現に向けた支援を行うことが大切になると言えるでしょう。
厚労省ホームページ
認知症施策関連ガイドライン(手引き等)、取組事例
http://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000212395.html
立教大学ホームページ
認知症高齢者の生活ケアと意思決定支援に関する考察
http://www.rikkyo.ac.jp/sindaigakuin/sd/research/journal201615/pdf/15_SAKURAI.pdf
最後に
2018年6月、厚労省が認知症を患う方の意思決定支援のガイドラインを公表しました。その背景には、後見人の方や、認知症を患う以前の状況も理解されているご家族の方やなど、実際に認知症を患う方の意思決定に関わることができる方々への大きな期待があると言っても言い過ぎではないでしょう。
このガイドラインでは、意思決定の場面が日常生活と社会生活の2つに大きく分類され、また、意思決定をするには信頼関係に基づく環境整備が土台となることが提示され、その上での意思決定支援の手順が示されています。認知症を患う方の増加が予想される中で、誰もが身につけたい考え方であり、能力であると言えるものでしょう。
なお、この記事に関連するおススメのサイトは下記の通りとなります。参考までご確認ください。
参考:
厚労省ホームページ
認知症施策関連ガイドライン(手引き等)、取組事例
http://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000212395.html
「地域共生社会」の実現に向けて
http://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000184346.html
内閣府ホームページ
成年後見制度利用促進委員会意見(平成29年1月)のポイント
http://www.cao.go.jp/seinenkouken/iinkai/pdf/gaiyou.pdf
立教大学ホームページ
認知症高齢者の生活ケアと意思決定支援に関する考察
http://www.rikkyo.ac.jp/sindaigakuin/sd/research/journal201615/pdf/15_SAKURAI.pdf
法務省 ホームページ
成年後見制度 ~成年後見登記制度~
http://www.moj.go.jp/MINJI/minji17.html#a3
公益財団法人 成年後見センター・リーガルサポート ホームページ
https://www.legal-support.or.jp/support
日本経済新聞 ホームページ
認知症の人をサポート 身ぶり・表情で意思察して
https://www.nikkei.com/article
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