精神障害の方が社会で生き抜くために 自閉症感覚から学ぶ 

発達障害

はじめに
自分が精神障害でない場合、精神障害とひと言で言っても、その程度が一人ひとり大きく違う以上、精神障害のある方を本当の意味で理解することはできないかもしれません。

それでも、保護者の皆さんにとって、あるいは支援される方にとって、障害のある方がどんな感覚をお持ちで、どんな状況に置かれているのかを理解したいと思われていることでしょう。

そして、何をすれば精神障害のある方にとって良い支援となるのか考えられていることでしょう。そのための一つに、精神障害のある先人に学ぶという方法があります。

ここでは、精神障害があるということについて、また、精神障害のある方へどのような教育をすべきかという具体的な方法について、ご自身も精神障害の一つである自閉症スペクトラム障害(発達障害の1つ)があり、その症状について学び、多くの方に説明してきたテンプル・グランディン氏の提案を、著書である「自閉症感覚」を通してまとめていきます。



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1. ご自身が自閉症スペクトラム障害があるテンプル・グランディン氏と著書「自閉症感覚」

テンプル・グランディン氏は、コロラド州立大学准教授で、イリノイ大学で動物科学博士号を取得、非虐待的な家畜施設の設計者でありつつ、自閉症に関する講演等を世界各国でされていることで有名です。

著書の一つである「自閉症感覚」では、ご自身の幼少期からの経験を踏まえながら、自閉症スペクトラム障害があるということはどういうことか? 

そして、自閉症スペクトラム障害がありつつも社会で生きていけるようになるために、どんなしつけや教育をすべきなのかを、具体的な事例や方法論で提案しています。

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2. そもそも精神障害とは何か? ~精神障害のある方と向き合うための前提

精神障害とは、ひと言で言うと、「脳の病気」です。遺伝、その人の気質・性格と、ストレスや生活環境などとが組み合わさり、脳内の神経の情報を伝達する物質(神経伝達物質)のバランスが崩れることによってひき起こされると考えられています。

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(1) 本書「自閉症感覚」で取り上げられている自閉症とは?

「図-自閉症が与える脳への影響」
自閉症が与える脳への影響
本書で取り上げられている自閉症は発達障害の一つであり、精神障害の一つです。脳の「言語表現・意思伝達」「社交スキル」「感覚」「行動」の4つの主要な部位に影響を与えるものとされています。

(2) 大切なのは、病名・診断名にとらわれないこと

日本では、精神障害を発達障害・知的障害・その他の障害などと別のものとして使用しているケースもあれば、全てをまとめて精神障害として扱っているケースがあるなど、言葉の使い方が文脈に依存しています。

また、ある特定の名称の診断がされたとしても(例えば、「自閉症スペクトラム障害」という診断名がついたとしても)、その症状や程度など、人それぞれでまったく異なることがわかっています。

とするなら、診断名より、精神障害のある方が、どのように感じ、行動し、反応するのかをよく観察すること、そして、得意なものや苦手なもの、学習スタイルや個性に注目することの方が重要でしょう。

著者も、「診断名」にとらわれるのは良くないと指摘しています。

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3. 精神障害のある方の思考パターンを理解する

「図-自閉症の方の全体的な思考の傾向と3つの思考パターン」
自閉症の方の全体的な思考の傾向と3つの思考パターン
精神障害のある方の思考パターン(=もののとらえ方や考え方)はどのようなものなのでしょうか? 

いわゆる一般の方と、何か違いがあるのでしょうか? 自閉症スペクトラム障害の方の場合、以下に示す全体的な思考に加え、3種類のうちのいずれか(または、そのうちのいくつかの組合せ)で考えるという基本的な思考のパターンがあると、著者は指摘し、また、この基本的な思考のパターンに合わせた方法で教えれば、この障害のある方でも大きく進歩できると言います。

(1) 全体的な思考の傾向:

一般の人が、全体から部分へ思考するのに対し、具体的な部分から思考していく。

(2) 3つの思考パターン:

① 視覚思考:絵やブロックの組み立てなどが好き。例えば車などしか描かない場合などは、車と関連したものを一緒に描くように促す。言葉を一旦絵に置き換えて理解するので、言葉でのコミュニケーションには時間がかかる。

② 音楽・数学思考:パターン化することで思考する。一度聴いただけの曲を覚えてしまったり、楽器など独学で覚えてしまったりできる場合もある。

③ 言葉による論理思考:歴史・地理・天気・スポーツの記録などに興味を持つ。あまり興味を持たない科目などは、興味を持つものに関連づけると勉強のきっかけにできる。

上記は、自閉症スペクトラム障害の方の場合の基本的な思考パターンとして紹介されていますが、これは、その他の精神障害の場合でも当てはまる場合が多いでしょう。どの思考のパターンなのかを理解すれば、よりフィットした具体的な支援の方法を考えていきやすくなるのではないでしょうか。

4. 精神障害のある方が身につけるべき力

「図-テンプル・グランディン氏が提案する身につけるべき力 2つの視点」
テンプル・グランディン氏が提案する身につけるべき力 2つの視点

「人生の目的は幸せになること」と言ったのは、世界的に著名な仏教指導者のダライ・ラマ14世。同様のことは、多くの方が言われています。そう考えると、精神障害のある方にとって、いわゆる普通と同じになることは決して目標にはなりえません。

著者は、障害のある方が目標とすべきは、「世の中で生きていくのに必要な勉強や対人関係スキルを学び、能力を最大限まで生かすこと」と言います。具体的には、いわゆる学力面だけでなく、大人の世界に入っていくための力(=実用的なスキル、社会性、柔軟性など)をつけること、ですが、その際重要になるのは、

(1) 得意な部分を伸ばしていく
(2) 精神障害があるからとって、社会にあるルールを破ってよいということではなく、不作法は正さなければならない

という2つの側面です。

特に(2)について、著者は、「子どものころの手ぬるいしつけは、しっぺ返しがある」とも言っています。つまり、たとえ多くの時間や努力が必要だとしても、生きていく上で必要な社会性を身につけておかないと大人になってから困る、ということでしょう。

社会が精神障害のある方を理解しようとすることは重要、それを実現するために変わっていくことも、変えていくことも必要です。

一方で、そのことと、障害のある方が個人としてやるべきこととは別のことだというとらえ方もできるでしょうし、また、誤解を恐れずに言うなら「将来的に損をしないためには、すべきことがある」という言い方もできるでしょう。

ただこれは精神障害のある方にだけに限られた話ではないと言えます。

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5. 能力を伸ばすために

「図-テンプル・グランディン氏が提案する身につけるべき3つの力」
テンプル・グランディン氏が提案する身につけるべき3つの力
精神障害は、なるべく早期に発見し、能力開発に着手した方が良いと著者は指摘します。「幼い子どもほど神経回路に柔軟性があるので、集中的な指導を受ければ、誤った神経回路の配線をある程度プログラムしなおせる」。

だとすれば、「もしかして・・・」と思ったら、なるべく早く診察を受け、必要な指導を受けることが大切になると言えるでしょう。診察を受けること、指導を受けることに、他人の目など何らかの不安や精神的な負担が感じるようなら、療法がおこなわれている実際の「現場」を見てみることもおすすめとのこと。

以下、著者が実際に体験するなどして、自閉症スペクトラム障害の方におすすめしている教育方法をご紹介します。

精神障害の治療方法は、いずれの場合であっても、①薬物療法、②心理療法・精神療法、③社会的治療法と共通していることを考えると、自閉症スペクトラム障害以外の精神障害であったとしても、十分参考になる方法と言えるでしょう。

(1) 幼児期の教育

① 交互ゲーム:交代でものを使う遊び。たとえば、ブランコに乗ったり、そりに乗ったり、といったようなことを、他者と「代わり番こ」で行う。ボードゲームやトランプなども有効。
② お絵描きや工作
③ テーブルマナー
④ 週に20時間以上大人と1:1で集中的に触れ合うこと。対話力や行動が改善する。
⑤ ドラマやアニメなどは、道徳の原則がしっかりとしたものを。「倫理やルールを理解させる」上で、重要な役割を果たすことになる。

(2) 概念を教える方法

概念を理解するのは、非常に難しい。概念的な思考には、法則を学ぶ、カテゴリーを見つける、新しいカテゴリーをつくる、の3段階がある。これをゲームとして行う。

① 色や形などで区別する単純な分類の仕方から始めて、概念にあたるものを少しずつ理解させる。具体的には、たくさんのものの中から、青いものだけを分類する、丸いものだけを分類する、などを通じて、青(色)や丸(形)といった概念を理解させる。

② 次に教えるべきは、身を守る方法。「危険」という概念の場合、たとえば道で車にひかれた動物や虫などを見せる、次に「安全」という概念を「交通安全の歌=必ず右左を見よ」を歌わせることで徹底・形成させ、次に、盲導犬を訓練する方法と同じように、あらゆる道に連れていき通りで右左を確認させる、といった方法。このようなことを通じて、「絶対に守らねばならないルールがあること」も学べる。

③ 柔軟性も重要な概念。教えるには、2つの色が混ざること(白と黒など)、文房具などがいろいろな視点で分類できること、などを見せる、やらせる。

(3) できること、興味を持っていることに着目して工夫する

① 子どもが何に注目して物を認識しているかを知る。たとえばトイレ。家のトイレの便座が黒で、学校の便座が白い場合、学校の便座を黒いテープで覆い使わせ、少しずつ黒のテープをはがしていき、白い便座でもトイレであることを認識させる、といった方法。

② その人の興味を持っているところから、幅を広げる。たとえば、車に興味があるなら、いろいろな科目で車をテーマにしたもので学習させる。車の歴史、車をテーマにした算数の問題、車の動力で理科、使用する石油で地理など。

(4) やる気を起こさせるには

実際の現場を見せると刺激になる。つまり、具体的であること・目に見えること・多くの実体験から学ばせること・簡潔であること(1:1)がポイント。興味のある本も読ませること。

6. 対人関係と社会のルールを学ばせる

対人関係や、社会上のルールも、精神障害があるかいないかに関わらず、身につける必要のある力でしょう。以下は、自閉症スペクトラム障害の方の場合の学ばせ方として著者が提案するものですが、他の精神障害の場合でも応用できる場合があるのではないでしょうか。

(1) 対人関係に関わる課題 ~自閉症の場合

相手の立場、相手の視点があるということを理解できない。結果、自分の知っていることなら、みんなが知っていると思ってしまっている。他の人がどんな気持ちを理解させるには、その人が経験したことを同じように見せることが必要。

【関連記事】
精神障害のある方を支える教育のしくみ(全体像)
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① 具体的な対応方法

1) 「黄金律=自分がしてもらいたいように、他人にもしてあげなさいという教え」は、一度にひとつの明快な例で教える。
2) 具体的な体験を通して、「これは他の人も嫌」「これは他の人も良い」などの共感を促す。

(2) 社会のルールを学ばせる ~自閉症の場合

これはルールだから、みんなが守るものだからでは、理解できないケースが多い。

① 具体的な対応方法

その人にとっての理屈に合うルールに分類する。
例)社会のルールには4つある。禁止するルール、礼儀作法、時には守らなくてもよいルール、制度上のルール。時には守らなくてもよいルール以外は、守らなければならない。

7. 問題行動を止めさせるには

社会で生活する上で、問題行動を起こすと問題行動を起こした方に、不利益が生じるのは事実でしょう。「精神障害のあるご本人のために、問題行動を放置してはならない」と、著者は指摘します。

(1) 問題行動の原因

問題行動には、必ず原因があるのも事実です。問題行動を起こした場合は、痛み、感覚への大きな負荷の可能性をまずは疑うのが鉄則でしょう。

著者も、精神障害のある方の多くは、何かしらの感覚が一般の方より鋭すぎたり、逆にほとんど感じることができなかったり、という「感覚の問題」を抱えられていると指摘しています。

(2) 問題行動の原因となりえる感覚刺激

問題行動の原因となる感覚刺激に対する障害に、例えば以下のようなものが考えられます。

① 視覚障害:首を傾けて目の端で見ていたら可能性有。「色」「形」「動き」が、統合されず、バラバラに見えるというようなケース、焦点を素早く動かせないケースもある。歪みなどは、薄い色のサングラスで軽減するケースもある。
② 聴覚処理障害:騒音に敏感、無声子音が聞き取れないなど詳細に聞き取れない(特に大人の早口)。指示を紙に書くなどして対応する。
③ 感覚障害:感受低下に伴う自傷行為の可能性有。どこまでが自分の足で、どこからが床なのかがわからない。行動分析・感覚療法・投薬・バイオメディカルなどを組み合わせた統合アプローチによる治療が必要。

(3) 障害が原因の行動

障害が原因となって起きている可能性のある問題行動には、以下のようなものがあります。
① 大きな音への悲鳴
② 混雑した場でのパニック
③ 服を脱ぐ
④ 蛍光灯の下で落ち着きのない行動を繰り返す
⑤ だらしのない字

(4) 障害が原因の問題行動ではない場合

問題行動の原因が上記のようなものでない場合、思っていることを伝えられない苛立ち・自分に注意を向けてもらう必要性・したくない課題からの逃避などが、問題行動の原因になっていると考えられます。

いわゆる自分のワガママによる問題行動を起こす場合は、無視や一貫したルールに基づく「お仕置き(自分の好きなことをやらせてもらえないなど)」もすべき、と著者は指摘しています。著者が上げる「してはいけない(と学ばせるべき問題行動)」は、以下のようなものです。
① だらしなさ
② 不作法
③ 乱暴な表現
④ 不適切に他人を笑う
⑤ 人前での性的行為
⑥ 集団の中での癇癪
⑦ ウソをつくこと
⑧ ズルすること

最後に

上記のような体験に基づく提案に加え、著者は、「自尊心を育むことが重要だ」と指摘しています。自尊心は、実際に何かをやって実現することでしか育まれないもの。

言葉でほめると同時に目に見える形で褒めることが重要でしょう。一方で、褒めることの問題も著者は指摘しています。「褒めてばかりでは、褒められないとやる気を維持できない人間になってしまう。

だからこそ、何か意義のあることをしたときにだけ、きちんと褒めることが大切。」また、「世間に一番順応するのは、自分のふるまいは自分で直さなくてはならないと気づいた人」というレオ・カナー博士の言葉も取り上げています。

つまり、将来的に社会で生活していきたい(仕事をしたい、自立した生活をおくりたいなど)なら、自分がふるまいを変える必要があるということです。

著者の指摘は、保護者の皆さんや支援される方にとっては、あまりに理想主義的すぎるかもしれませんし、現実とかけ離れている面もあるかもしれません。

それでも、著者が指摘することやその想いは、精神障害のある方の支援の在り方として、その指針・方向性を示すものではあると言えるのではないでしょうか。そして、これは何も精神障害のある方だけに向けられた話ではないようにも思われますが、いかがでしょうか?

なお、この記事の参考文献と、関連するおススメのサイトは下記の通りとなります。ご参考までご確認ください。

参考文献
自閉症感覚、テンプル グランディン、日本放送出版協会

参考サイト
TED 世界はあらゆる頭脳を必要としている

金森 保智

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全国地域生活支援機構が発行する電子福祉マガジンの記者として活動。 知的読書サロンを運営。https://chitekidokusalo.jimdo.com/

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